さすがに、持ってけない。
グランドフィナーレ
Ｍ：Ｉ：�｢（ミッションインポッシブル�｢） ～ラストミッション～
さすがに、持ってけない。
短い夏休みも終わり、仕事初めも一段落したある日。いきなり「来月、ベトナムにいってくれ。」「・・・いつまで？」「それは約束できない。」・・・
それは 入社してから住み続けたこの秋田の地を離れるというよりも、もう日本に帰ってくる場所がなくなったことを示していました。その言葉の意味の重みと、あまりの唐突さに、当然、物わかりのよい返事などできませんでした。残りあとわずか３週間。それまでに１３年の間築いた自分の財産全てにカタをつけ（涙）、引っ越しの準備をしなくてはいけません。
もちろん、まっ先に心配したのが、「えび部屋」の住人（魚）達でした。ベトナムに持っていくことは当然不可能。とすれば、引き取ってもらうか・・・といっても、「えび部屋」を開設して７年、マトモに海水魚に取り組んでいる人には遂に出会うことができませんでした。知人に押しつけても迷惑だし、魚も可哀想です。後はＳＨＯＰに引き取ってもらうかですが、その後誰に飼われるか・・・、クマノミと金魚の違いもわからない一般
人や、熱帯魚をインテリアとしてしか見ない冷たい飼い主に当たれば暗い結末しか待っていません。せっかくカップルになったボスやボン、ケンタロウやモーコをバラバラにされるのも悲しい・・・。
そこで残った最終手段は”海に返す”でした。当然、秋田の海では冬の寒さで死んでしまうのでダメです。やはり、年中暖かく同じ仲間達が暮らす熱帯魚の楽園”沖縄”に返すしかありません！！できれば珊瑚礁
が豊富にあって、天敵が少なく、人間に守られてる場所の方が、人になれた（？）「えび部屋」の魚達には住みやすいでしょう。即、旅行会社に転がり込んで、空港チケットと目の前に珊瑚礁
のビーチが広がるホテルの予約をとりました。日程を選んでいるヒマはありません、金にイトメをつけず翌週の空きを探してもらい１泊２日のチケットを取りました。できれば、石垣島かケラマが良かったのですが１日での移動は難しいため沖縄本島のリゾートホテルにしました。１０日前予約なら８００００円だったのに、１週間前なのでなんと１２００００円！！（店員さん（笑））。返す返すも頭にクルのでした。
しかし、怒りの余韻に浸っているヒマはありません。次に、魚達を無事に運ぶ自信がないのでホテルまで魚を運んでくれる宅配業者やサービスを探しました。しかし運んでくれるペットは犬、猫の類いで、魚はせいぜい東京都内というのが一般
的なようです。大阪の専門業者は基本料金だけで１０万円以上！さすがに断念しました。こうなったら自分で運ぶしかありません。インターネットで検索して魚の運び方を調べ、厚手のビニール、酸素のでる石、保冷剤、新聞紙、輪ゴム、密閉型のタッパを購入。クーラーＢＯＸは稚魚のエサを購入したときの深手の発泡スチロールを捨てずにとっていたので重宝しました。
”えびもっこり”さんの置き土産”ＤＪ” ＤＪの故郷、鵜ノ崎海岸。お仲間がウジャウジャ。
１時間のドライブも全くダメージなし 解放しても普段どおりのＤＪ。
出発の前日、有休をとって、まずはホンヤドカリの”DJ”（槽歴２２ヶ月）でウォーミングアップ。
リリース場所は車で１時間、生まれ故郷の鵜ノ崎海岸。ヤドカリの強さは確認済みなので、タッパに入れてそのまま直行。いつも、メイン水槽の隅で肩身が狭そうだったDJでしたがタッパに移すと、急に元気になってバタバタしています。
夏の終わりの平日の鵜ノ崎は実に寂しい限りでした。少し海水に慣らして”DJ”を海に返すとその場でいつもと変わらずのんきに海藻を食べているのでした・・・。
翌朝はいよいよ本番です。魚の体力を考えギリギリまで袋詰めをガマン。念を入れて厚手のビニール袋と密閉タッパを念入りに洗いスタンバイ。さらにエビ達の止まり木のスポンジはあらかじめ同じ水槽で馴染ませておきました。袋の中で糞をして汚さないようエサは３６時間前から与えないようにしました。カバンに身支度をあらかた整え、床につくと緊張してなかなか眠つけません。しかし、それが仇になりフライトの３時間前起床が２時間になってしまいました。やや焦りぎみ。心を鬼にして、魚達の寝込みを襲いケースに追い立てました。寝ぼけていたのか思いのほかすんなりと捕まえることに成功。カップルのボスとボン、ケンタロウとモーコは同じ袋に一緒にし、酸素を出す石を入れました。ここまでは比較的順調に進行。しかし、袋の口を輪ゴムで縛るのがイメージどおりにいかず、何度もやり直しました。水もれは厳禁と慎重になりすぎたのがいけませんでした。気づくとフライト前の１時間を切っています。焦る気持ちを落ちつかせながら、ゴリさんとブルースをそれぞれタッパに詰め、クーラーボックスに納めると、なんと大き過ぎで全て入りきれません！！魚の負担を軽くするために海水を入れ過ぎたのが失敗でした。あと５０分を切りました。冷や汗を無視して、また輪ゴムをほどいて海水を減らしました。しかし、何度詰め直しても、やはりあと一袋がどうしても入りません。残りあと４５分。とっさに、もう一つあまっていたクーラボックスを思い出し、ケンタロウとモーコの袋を入れ、新聞紙を詰め込むだけ詰めてガムテープすると、時計も部屋を振り返らずに駐車場へ駆けました。フライト１０分前が搭乗時刻だとすれば残り３５分を切っていました。普段なら絶望的です。飛行機に乗れなければもう魚を返す機会はありません。また悪いことに前にはノロノロ運転の車・・・。咽はカラカラになって、車のクーラーはどれだけ下げても涼しくなりませんでした。その日、車の最高速度の自己ベスト記録を更新し２０Kmを一気に駆け抜けました。あのとき確かに脳内麻薬が分泌されていたのでしょう。恐怖心がなくなる麻薬の力とは恐ろしいものです。
クーラーＢＯＸ（発泡スチロール）に入った魚達 座席前を占領するクーラーＢＯＸ
開設者か？魚達か？どちらの普段の行いが良かったのか？奇跡はおこりました。空港に着くとちょうど搭乗開始中。２つのクーラーＢＯＸを両手で抱える姿は不審者このうえないですが、何喰わぬ 顔で長蛇の搭乗待ち合い室へ。特にとがめられることも無くすんなり手荷物でＸ線を通 過。機内のキャビンアテンダントさんも慣れたもので何も聞かず座席下に入れるよう案内してくれました。飛行機に乗れて最悪の危機を脱し、ほっと胸をなで下ろしたところで、初めてイソギンチャクのジプシーを忘れていたことに気づき、さらに水槽の照明を転がしたままスイッチを入れっぱなしに（←危険）していることに気付くのでした。（実はもっと後で着替えを忘れていたり、部屋に戻って電気をつけっぱなしだったことに気付くのですが・・・。）
戦場のようなレンタカー送迎バス乗り場 もうすぐだ、待っとれよ！
胸はなで下ろしたものの、手荒に持ってきてしまったためクーラーＢＯＸの中で水漏れしていないか、魚が弱ってないか心配で機内でのんびりくつろぐことはできませんでした。
東京から更に沖縄便に乗り換えです。機内からバスで羽田ターミナルへ。夏休みも終わりというのに人が多く待ち合い室は人であふれています。しかたなく授乳室を占領しクーラーＢＯＸをのぞいてみました。魚達は落ち着いているようです。ようやく一安心しすると、また急かすように沖縄便の搭乗案内が始まりました。機内はリゾート気分の連中で満席でした。フライト時間は２時間弱。安心すると急にお腹が減りました、朝から飲み物以外何も口にしていません。朝ゴハンのおにぎりは部屋の冷蔵庫に入れっぱなしでした。沖縄につくとすぐに送迎バスでレンタカー屋へ。空港からかなり離れています。予約をしておいたとはいえ詳細不明の”飛込み”で、初めての説明に困惑しながらもナビ付きの大型車でスタート。このとき魚を梱包してから既に８時間が経過していました。
１日１０００人が泊まる沖縄残波岬ロイヤル 目の前は白いビーチと珊瑚礁
が広がります。
せっかくの沖縄。ヤシの木やらシーサーの看板やら南国気分をもっと味わいたいところですが、今回は目的が目的なのでまっすぐ目的地へひた走りました。さすが南国だけあって太陽は容赦なく照りつけ、常にクーラーを最強にしておかないと車内は一気にウダリます。たくさんの信号に足を取られながら、町を抜け、坂を越えて、さとうきび畑を縫うと南国の青い岬にたどり着きました。目的地はその岬にひときわ大きくそびえるリゾートホテル”沖縄残波岬ロイヤルホテル”です。魚梱包から９時間になろうとしていました。
辺りは潮が引いて潮だまりが広がっています。 潮たまりで誘惑するコバルト達
あいにくの１０分間のチェックイン待ちももどかしく、部屋に入るとすぐに仕度をして、クーラーＢＯＸを抱えて目の前のビーチへ向かいました。夏休みも終わりというのにビーチは若いカップルや家族でにぎわっていました。ビーチのすぐとなりはうまい具合に珊瑚礁 の潮だまりになっています。 所々の潮だまりにはコバルトスズメが宝石のように輝いて、足下を小さなハゼが走り抜けます。深い潮だまりには、魚が団体さんで列をなし、ショップで見かけるカエルウオやチョウチョウウオらしきものもいて、ウニやナマコなんかは地雷のように転がっていました。まさに理想通 りの魚の楽園です。思わずカメラを向けたくなる気持ちをグッと堪えました。
元気に泳ぎ回るボスとボン 警戒して黒ずんでいるケンタロウとモーコ
めずらしく行儀のいいブルース いつもどおりハサミをふりまわすゴリさん
潮だまりの先端まで行くと、ようやくクーラーＢＯＸの魚達を取り出しました。環境の急変で暴れたり神経質になって少しはグッタリしているかと思いましたが、皆、予想ＧＵＹにしっかりしていて元気な様子。しかし、ここからが大切です。まず袋ごと海へ浮かべ３０分間じっくり海の水温に慣らしました。
水温慣らし中。見てないと波で持っていかれそう。 既に外の世界に大盛り上がり。
手頃な浅瀬で袋を浮かべると、魚達は海の様子に既に興味津々でビニール袋の向こう側に行こうとしきりにクネクネしています。
南国の殴りつけるような日射の中、３０分待つのはかなりしんどい作業です。今思えば水温をあわせている間、もっと沖の方を散策したり、潜って海の様子を探ったり、もっといろいろなことができたはずですが、辺りは気が遠くなる程マブしくて、なんだか頭の中がうまくまとめらませんでした。その時は最後にして、この「えび部屋」始まって以来の最大のミッションの成功の予感に、とても晴れ晴れとした気持ちで、ただ魚の様子を確認し、シャッターをきり、潮だまりをウロウロするばかりでした。
水温あわせが終わると、今度は水慣らしです。ビニールの口をあけて約１５分かけて海水を少しづつ加え、海水に慣らしていきます。新鮮な海水にまたまた盛り上がる魚達。ビニールを支えなければならず更に身動きがとれなくなってしまいました。エビの密閉パックは少し口をずらして海水が徐々に入り込むようにしました。
長い間つきあってくれてほんとにありがとね。 おまえ達こそ「強敵」と書いて”とも”。
水慣らしもそろそろ完了し、肌が焼けるのも限界にきていました。手も海水でベトベトでした。それでも最後に魚達のベストショットが撮ろうと、未練がましく何度もシャッターをきって撮り直していることに気付いて、カメラを仕舞いました。
ついにお別れです。
岸から５～６m歩くと膝上ぐらいの深さで大きな岩が点々としており、コバルトスズメが群れが取りついている場所を見つけました。５０mも進めばもっと珊瑚礁
の綺麗な場所がありそうでしたが、なにやらシュノーケリングのヤツラがアミを振るっているので、ちょっと殺風景ですがここに放すことにしました。岸から近くても釣り禁止の場所だし、人の声やボートの往来もあり大きな魚は寄ってこないでしょう。目印のフラッグもあります。
ボス（槽歴８４ヶ月）とボン（槽歴６９ヶ月）のハマクマノミペアのビニール袋をゆっくり傾けると、まずボスが外へ出ていきました。ボンはビニールのシワに阻まれておいてけぼりです。ボスは外にでると一目散にそばの岩へと泳いでいきました。直ぐその後を出遅れたボンが追いかけて２匹仲良く岩影に消えていきました。そのオシドリ夫婦っプリにあらためて感心させられました。きっと、この地でJrたちが繁栄していくことでしょう。サムを連れて来れなかったのが残念です・・・。
袋詰めでご機嫌ななめの（黒）ケンタロウ 外の世界にすっかり興奮している（黄）モーコ
次はケンタロウ（槽歴５１ヶ月）とモーコ（槽歴９ヶ月）のギンガハゼカップルです。ケンタロウは黒くなって機嫌を損ねたままです。一方モーコは赤味のある黄色で外に出たくて仕方ないといった感じ。２匹とも同時にビニール袋から出ると、お互い振り返りもせず１８０度反対方向へ泳いでいきました。成田離婚ならぬ 沖縄離婚です。少し泳ぐと２匹とも海底に着地して動かなくなりました。辺りを探っているのでしょうか？そのうち揺らめく水面 に溶けてわからなくなってしまいました。なんだか不安ですが、２匹の安住の地を見つけてもらいたいものです。
最初は２cmぐらいだったブルース。 そのバイタリティーでどこでも生きていけるでしょう。
エビのブルースとゴリさんは、魚よりデリケートなので更に時間をかけて慎重に水あわせしました。でも、逆に２匹ともなにやら考え込むようにジッとしてしまいました。いつもの海水と違うからでしょうか？しばらく様子を見ましたが体調は良さそうなのでそのままリリースすることにしました。
まず、神妙な面持ちのスカンクシュリンプのブルース（槽歴９ヶ月）をさっきの岩の近くに放しました。タッパから追い出された瞬間、体をのけぞらせてＵターンし、自分の股をくぐり海底に着地しました。赤は非常によく目立ちます。何やら砂地をウロウロを歩いているようで、まちがって踏みつぶさないようにその場をそっと離れました。クリーナーのスカンクシュリンプは凶暴な魚達にも重宝がられるでしょうから、沖縄の海ならきっとどこでも生きていけるでしょう。
すっかり古株のゴリさんもご苦労さまでした。 そのマイペースさでいつもまでも元気で。
最後にオトヒメエビ（イエローボクサーシュリンプ？）のゴリさん（槽歴４６ヶ月）です。もう、足掛け４年も居座って「えび部屋」のタイトルにふさわしいマスコットとなってくれました。ゴリさんは、かなり緊張した様子でタッパの中で微動だにしません。今度は慎重に岩の上で放してやるとうまく岩の上に着地しました。長い腕をふりかざしながら辺りを威嚇していましたが、ゆっくりと岩の裏側へと消えてゆきました。おとなしそうでも、外の圧力に屈しないゴリさん、沖縄でもきっとブチかましてくれることでしょう。
ミッション・コンプリート！
無事すべての魚達を沖縄の海に返すことができました。そのときは別れの寂しさよりも「えび部屋」開設者としての責任を果
たすことができた達成感に浸っていました。次はいよいよ自分の番です、日本を離れる寂しさと不安を抱えながらも、その夜は残りわずかな沖縄（日本）を楽しんだのでした。
翌日、残ったわずかな時間で、魚達を放った場所に来てみると、潮だまりがすっかりなくなって潮が満ちていました。魚達を放した目印のフラッグは遥か沖にポツンと浮いています。海と空は本当に青くて澄んでどこまでも美しいのでした。その場を足は離れ難く、いつか日本に帰ったら、また様子を見にこの場所を訪れてみたいと思ったのでした・・・・。
ボス、ボン、ケンタロウ、モーコ、ゴリさん、ブルース。今までほんとにありがとう。そして、沖縄の海でいつまでも元気で楽しく暮らせますように。
後日、サンゴイソギンチャクのジプシー（槽歴２３ヶ月）は誰もいなくなった水槽の岩の上で静かにたたずんでいました。前々からすっかり小さく縮んでいてもうダメだろうと思っていましたが、なんとかがんばっていました。５日後、ジプシーをバケツに移し、水槽に敷いていたサンゴ砂利と一緒に、鵜ノ崎海岸に返しに行きました。サンゴ砂利は栄養満天だったのかヤドカリがワンサカ集まって歓迎してくれました。ジプシーはバケツの中で萎えて、海の中でも機嫌がなおることはありませんでしたが、小豆ぐらいの大きさになっても生き続けるタフさあるので、ほんとうの海の栄養と日射しで、きっと買った頃の大きさまで回復してくれることでしょう。