豪華クルーズの旅

屋久島クルーズ
～２０１９年、豪華クルーズ客船でいく屋久島ツアーの旅～

それはまだ横浜港でウイルスが乗客を人質にたてこもり、豪華クルーズ船が感染の温床として連日世界を騒がせる１年前の、２０１９年のこと、平成も残り１ヶ月と少しながら、まだ次の年号がわからない３月中旬の金曜日の夜、クルーズ船の旅をするため新幹線に乗り込みました。

その前年の２０１８年の秋、同じ会社の先輩であり、大学の研究室でお世話になった先輩でもある人と久しぶりに再開しました。事業所も違えば仕事も違うその先輩とは入社してベトナムで１度会ったきりで、静岡でようやく同じ勤務地になっても２～３年ほどすれ違い、会うこともなく過ごしていたのが、たまたま立ち寄ったトイレでバッタリ出くわし、再開を記念して夕食会をすることになりました。バリバリの貴族である先輩はシステムエンジニアの技術を活かし長い海外勤務でマイペースな生活をどっぷり堪能しており、この先も誰にも邪魔されず悠々自適な人生をまっとうする覚悟満々のようでした。そんな先輩が現在ハマっているのがクルーズ船で、引退したら豪華客船で世界一周の旅へ出るのが夢であるとのこと。まず前哨戦として来年の３月にクルーズ船で岡山から瀬戸内海を巡り屋久島への二泊三日のツアーに応募しているが、一緒にこないかと誘われたのでした。確かに屋久島へはいつかいってみたい心の旅先リストに上位ランキングされてはいたものの、クルーズ船自体にはさほど興味がありませんでした。船旅といえばフェリーで九州や北海道へ行ったことがありますが、昔のこととはいえ難民キャンプのように大広間で雑魚寝するあの重苦しい閉塞感とボディーブローのようなねちっこい揺れがネガティブ要素ですし、選ぶなら、断然速い移動手段で現地の滞在時間をたくさん取るのが自分流です。紹介されたツアーを調べると屋久島上陸は半日だけで、その料金は最低ランクでもお一人様約９万円（２名１室利用）です。移動費、食費、宿泊費コミとはいえ、静岡から岡山までの交通費は別腹。それだけあれば往復航空代と優良ホテル代と諸々代で３割近くはお釣りが戻ると思われました。さらに３月というのも観光シーズンとしてはイマイチで屋久島の旅としては魅力半減。せっかくのお誘いをどう断ったものか、ＳＴＡＹＨＯＭＥの口実を考えているうちに、いや待て、屋久島の観光ではなくクルーズ船の観光と考えれば、普段の貧乏旅行より、よほど得られない経験（ネタ）ができるかもしれません。ようやく決心がついて先輩に連絡すると一緒だと眠れないからと相部屋を断られました。さすがは晴耕雨読の先輩です。２名１室を１人で独占すると料金が３割増しです。なぜ誘われたのか？と戸惑いながらも、ここまできたら引き下がれないので自分で一番低いランクの部屋でツアーへ応募しました。しばらくすると旅行会社から２ランク上の部屋しかないとのこと。まだ５ヶ月も先なのに、クルーズ船は人気とは聞いていましたがこれほどとは思いませんでした。料金も２ランクアップに３割増し＋岡山までの往復と前日の宿泊と。たかだか２泊３日で・・・それ以上の暗算は止めました。それからは慣れない船旅の申し込みや手附金の納付、屋久島の調査やら仕事の調整と準備を整えました。

エネルギー補給のきしめんすっかり遅くなった久々の岡山伝統スタイルのカプセル

出発当日、夕方、仕事が終わると、すぐに新幹線に乗り込みました。これまでの旅をはるかに上回る経費に、新幹線代はケチって往復割引の自由席でいくことに。が、これが大誤算で自由席は金曜の帰省客で満杯状態。車内販売も駅弁も利用できません。空腹と立ち疲れで乗り換えの電車を１本やり過ごし、到着は夜１０時を過ぎてしまいました。今夜の宿は駅近くのカプセルホテルを予約。まん喫でも良かったのですが、明日に備え風呂でさっぱりしたいところ。昔は考えられませんでしたが、政令指定都市となった大都会岡山にはもちろんカプセルホテルもできていました。商店街の一角の小さな入り口、すでに歴史を感じます。こじんまりしたロビーを抜けるとロッカールームとガラス張りの風呂場が直結しているような作りで脱衣所はハンガーのみ。裸で廊下を歩いている御仁もいて完全女人禁制です。これほどドシンプルで旧態然としたものは東京でも珍しいでしょう。十年ぶりのカプセル寝床は変わりなく、手持ちのコンタクトや日用品の扱いに困るのも、斜め上から聞こえてくるBGM（イビキ）も相変わらずです。それでも意外にすっきり眠れました。予約特典の朝食券は、ご飯とインスタント味噌汁と生卵とお新香のみ・・・懐かしい昔の学食「朝定Ａセット」がここにはまだありました。貴重な生卵をテーブルの角で軽く叩くと激薄の殻はコナゴナに床に全部ぶちまけてしまい、狭い食事処のカウンターの角でティッシュの山を抱えコソコソ食べるはめに。昨日からどうもうまくありません。

これ以上足を伸ばせなかった駅前　駅前の展示物の海川ハイブリット水槽なぜかひらがな”ぱしふぃっくびいなす号”

これ以上、ゆったりすることもできずカプセルホテルを早々に出ましたが、足を伸ばして懐かしい場所や友人宅を襲撃する時間もなく、仕方なく駅をぐるぐるして時間を潰し、９時に迎えのリムジンバスに乗るため駐車場へ向かい先輩と合流しました。地元である先輩は当然のごとく実家に帰らず、出張を利用し駐車場前のホテルに悠々と宿泊していたのでした。バスは大型が３台でほとんどが熟年層や家族連れ、若いカップルや女子旅はほぼいません。１時間半ほどで宇部港に到着。港というより公園のような場所に似つかわしくない巨大な船”ぱしふぃっく・びいなす”号が停泊していました。

乗船は地味な入り口ですシャンデリア付きエントランスホールいきなりの避難訓練

数珠つなぎになって小さなタラップを上がると、ホテルのようなフロントで部屋のカードキーが配られました。これで船内の買い物も清算できるようです。部屋に荷物をおいたらすぐさま船内放送でライフジャケットを着て避難訓練が始まりました。訳も分からずスタッフの指示されるまま脱出艇のあるボートデッキまで上がりました。普通のフェリーとは違い、クルーズ船ともなると乗客にこんな教育もしなければならないようです。

テープは環境に優しい素材ですプラスチック製のシャンパングラス無感情のタグボード

避難訓練から解放され部屋に戻ると、５分もしない間にセイルアウェイセレモニーの放送がありボートデッキに逆戻り。フロントで渡されたパンフや注意書きをゆっくり読むヒマもありません。デッキではシャンパンやジュースが振る舞われ、バンド４人組が軽快な生演奏の中、風船を一斉に飛ばしたり、テープを渡されて見送りの人に投げたりしました。これがよく映画で見る出港式というやつでしょう。こんな本格的なのは初めてで新鮮でした。なんだかノスタルジックに感じるのは、昔の人の新天地への希望と、危険な航海の不安と、知人との別れの寂しさの混沌とした思いが儀式を通して感じられるからでしょうか。もちろんここぞとシャンパンやジュースをお代わりしたことはいうまでもありません。船はゆっくり器用に岸を離れていきます。デッキを海の方へ回ってみると１艇の小型のボートがクルーズ船を巧みに押したり引いたりしています。タグボートの役割がようやくわかりました。作業員は浮かれているこちらに一切目を向けることはなく黙々と作業を進めるのでした。

プール水なしジャグジーお湯ありボートデッキ１周３３６m 船首側のメインエレベーター

デッキで会った先輩とそのまま軽く船内を探検しました。クルーズ船は１２階に分かれています。乗客約６００人で世の豪華客船よりかなり小型の部類のようです。客の居住スペースはフロントのある５階から１２階。部屋のグレードは１０種類あり、自分達は最も一般的クラスで部屋数が多い６階です。先輩の部屋とは右舷と左舷で離れ離れでした。出港式や避難訓練で上がったボートデッキは８階にあり運動できるようぐるっと１周できるようになっています。メインフロアは７階で幅広の通路（プロムナード）にダイニング、ショップ、ラウンジなどが集まっています。９階から１２階はハイグレードな部屋や小ぶりのレジャー施設が点在していますが、少し動線が複雑です。あそこに見えているあの場所にいきたいのに階段がなかったり、通路が断絶されてたりします。船にはメインを含め３つのエレベーターがありますが、それらをうまく使う必要があるようです。

本州と四国を結ぶ瀬戸大橋なぜか映えポイントの橋裏タイタニックゴッコはできません

船は宇野港を出て３０分もすると最初の観光スポット瀬戸大橋に到達します。単に船が橋の下を通過するだけなのですが、やはり船ならではの経験だからでしょうか、皆デッキに出てきて一喜一憂します。穏やかな晴天の中、船はゆっくり瀬戸内の美しい島々を魅せてくれますが、３月の空気はまだ冷たくて船が切る風は２０分以上は気を引き締めないと凍えてしまいます。皆早々に引き上げていきました。　　
　

ビジネスライクな落ち着き空間シャワートイレは飛行機と同じ真空式テレビは様々なCHを用意

一通りの探検を終えてようやく部屋に戻ってきました。部屋は小ぶりのシングルのベットが２つ、長ソファと机、テレビがあって、ちょっと良いビジネスホテルといった感じ。この船の一般グレードの特徴は普通の部屋にバルコニーなしの大きめの窓があるということのようです。確かにここに２人は息が詰まるかもしれず一人だと気軽です。さすが唯我独尊の先輩の感性は勉強になります。スマホは瀬戸内とはいえ海上ではつながりが悪く現代っ子には厳しいかもしれません。その代わりなのか、あらためて渡されたパンフをみると今日のイベントがびっしり書き込まれていました。いろんな場所でいろんなイベントが分刻みのスケジュールです。もう少し部屋に馴染みたいところですが、すぐ昼食の時間でした。

メインダイニングキッチン昼の高級海鮮丼船内生活オリエンテーション

食事は前半と後半で２グループに分けられていますが、事前に申請していたためか別部屋の先輩と同じ時間帯になっていました。待ち合わせてダイニングルームに行くと、入り口にスタッフが何人もいて１組１組テーブルへ案内してくれます。スタッフは東南系、欧米系、中東系、南米系と様々な人種で構成されていて、むしろ日本人はまばらです。日本語はカタコトですが使いこなしているようでした。食事は毎回コース形式で、この昼食は海鮮丼でしたが、ネタは新鮮で繊細で高級ホテルのランチといった感じ。驚いたことに席に案内したスタッフが他の客を案内しながらも、必ず覚えていてタイミングを見て食事を運んでくれます。水やお茶もこまめに注いでくれ、スプーンを落としてもさりげなく新しいのが届くので、スタッフを探してキョロキョロしたり、大声で呼びつけるようなブサイクが一切ないところは、今までにない経験で、さすが豪華クルーズ船の面目躍如といったところでした。
食事が終わり３０分もすると、今度はメインホールで船内生活についてのオリエンテーションです。だいたい事前に送付された”旅のしおり”のおさらいといったところですが、聞けば乗組員は２００人もいるそうで船の中の４０％がクルーということは、それだけサービスにもきめ細やかに力を注げるということでしょう。きっと４階以下は乗組員の居住区になっていると思われますが、ご主人様と召使といった感じで、なんとなく申し訳ない気がしないでもありません。

カードルーム（全自動雀卓）茶室（楽水亭）勾配のあるシアター

そのすぐ後は、今度は船内見学ツアーに参加します。本当に息を吐くヒマもありません。船内ツアーは乗客が利用できるパブリックスペースの案内でいちいち写真で紹介すると霧がありませんが、各ホール、ラウンジ、サロン、ショップ、バー、シアター、カラオケ、ジム、プール、ランドリー、展望浴室、医務室、理容室、茶室、図書室、パソコンルーム、喫煙室などなど、３つのグループに分かれてゾロゾロと部屋を回ります。その時に先程のいけなかったトップラウンジへはエレベーターを乗り継いでいく方法を教わりますが、１回だけではとても覚えられません。

客室の通路は狭め２４時間セルフランドリー飲み食べ放題のアフタヌーンティー

これらの場所では、いろいろな時間帯でいろいろなイベントが開催されていて、常にお客を盛り上げようと血の滲む配慮が感じれます。そして、それらはお客が一箇所に集中しないよう同じ時間帯に設定され、とても全てのイベントを体験することはできません。単に収容能力ではなく、これも顧客ニーズやライフスタイルの多様化に応じたものでしょう。お客様を１時間たりとも退屈させまいとするサービス精神は恐れ入ります。同様に、メインフロアのプロムナードにはオープンバーがあってアルコール以外の飲み物は全て無料です。しかもセルフではなく、どこのテーブルでも黙って座ればピタリと注文を取りにきてくれるのでした。もちろんコーヒーはいつもと違う挽きたての高級豆（たぶん）です。さらに早朝と朝と午後の一定時間には無料のスイーツも食べ放題。この徹底したサービスは、昔から長年、船旅をビジネスにしていた欧米スタイルの継承でしょうか。１等席、ファーストクラス、スイートルーム、グリーン車等、今では常識ではありますが、よく考えると、お客をお殿様扱いしとことん甘やかすのは、高額の旅費を支払っているとはいえ、格差社会、階級社会の原動なのではと心配に思いつつ、ここぞとカフェラテをお代わりするのでした。

ブラックジャック負けまくり国産牛リブロースのローストメインラウンジのショー（禁撮影）

この後、ルーレット＆ブラックジャック教室にいったり、フレンドシップナイトを冷やかしたり、メインのジャズコンサートにいったりで、瀬戸内の眺めや来島海海峡大橋はすっかりスルーしてしまいました。甘やかし放題のクルーズ船の旅にあって唯一堅苦しい、これもたぶん欧米の昔からの習いとして、夕方からのドレスコードがあります。ドレスコードはカジュアル、インフォーマル、フォーマルの３段階に分かれていますが、今回は幸い全て襟付きカジュアルでＯＫでした。上流階級ならいざ知らず、お小遣いふんぱつした庶民に対してオーバーな気もしますが、これも閉塞空間の長旅では節度を守るために必要な行為なのかもしれません。夕食は絵に描いたような渾身の洋のフルコース、キャビア久しぶりに食べました。
食後、１１階にある展望浴室にいってみました。以外に穴場で人が１、２人しかいません。ガラス張りの展望といっても外は真っ暗、ガラスは結露で歪み何も見れません。最後はシアターのマイナー映画で締めました。屋久島は九州の南４０km沖にありますが、船はすでに豊後水道を抜けて日向灘を南下しています。ようやく部屋で落ち着くことができます。が、すっかり疲れて、船内テレビを見ることも、ベットでゴロゴロ飲み食いすることも、深夜静まり返った船内を散歩することもなく、船体の横腹に打ち付け、不気味に響く波の音を聞きなら深い眠りに着いたのでした。

朝焼けの屋久島宮之浦新港とレンタカー時代への提言”屋久杉自然館”

翌朝６時、本当はもっと眠りたいところですが、貴重な船旅の時間をおろそかにできないので着替えて甲板へ。すでに九州を抜け、目前にはもう屋久島が広がっています。壁のようにそそり立つ屋久島の目と鼻の先には平べったい種子島が対照的に並んで異様に感じますが、地中でマグマが固まってできた岩が隆起してできたのが屋久島、ただの地層が隆起したのが種子島だそうです。船は宮之浦の新港に到着するとタグボートが近づいてきて、ゆっくりと１時間以上かけて接岸が始まります。その間に朝食と身支度を整えました。８時に下船。この先のプランは皆それぞれ違い、５種類の観光バスツアーに参加する人、港近くの里を散策する人、周遊バスやタクシーを捕まえる人、船に残って部屋でくつろぐ人、自分達はコスパと自由度の高いレンタカーです。事前に調べまくって朝８時から操業し港まで車を持ち帰りしてくれる日本レンタカーで予約をしました。港でそのまま手続きをおこないその場で車を借りることができました。この後夕方５時までに帰船しなければいけません。屋久島は直径２５kmほどの丸い島で中央は１０００m級の険しい山が連なり、もっぱら移動は外周１３０kmを一回りする道路になります。だいたい本命以外の観光はこの道路沿いに点在しているので、広く浅く観光するなら一周旅になります。前日の先輩とのミーティングでは、やはり屋久杉をメインに他もたくさん巡りたいとのこと。一番の観光名所の『縄文杉』へは時間的に無理で、宮之浦港からほど近い”もののけ姫”で有名な『白谷雲水峡』も４時間の往復が他の観光に悪影響を及ぼしそうなので、先輩の強い希望で三番目の名所である『ヤクスギランド』とその先にある樹齢３０００年の老木『紀元杉』をメインに島を一周することにしました。『えび部屋』的にはタイドプールや海中温泉などもいってみたいところですが季節柄と先輩のてまえ封印です。宮之浦から時計回りで『ヤクスギランド』を目指します。途中、屋久杉自然館に立ち寄りました。

険しい山もあっという間ヤクシマザルとの第1回接近遭遇なぜかカタカナ”ヤクスギランド”

”ひと月に３５日雨が降る”と云われるほど雨の多い屋久島ですが、この日は朝から清々しいほどの晴天です。せっかく買ったマウンテンパーカーも携帯傘も出番なし。綺麗に整備された山道をどんどん登っていくと、１時間半ほどで『ヤクスギランド』に到着しました。反対側に小さなレストハウスが建っている以外はただの道路で、その脇の前の車が邪魔で思わず通りすぎるほどの小さなゲートをくぐると、鬱蒼とした森ではなく、開けた山の斜面を降りていく感じでした。空気は冷たく澄んで、森は光がどこまでも差し込んで明るく、”こだま”の”こ”も出てきそうな雰囲気はありません。

比較的明るく歩きやすいコースいつ名前が変わるのでしょうか弱い者を容赦なく踏み台にする倒木更新

斜面を降りると川があって、どうやら谷のような場所をぐるっと巡るようです。小回りから大回りまで時間にして３０分から２１０分までの５つのコースが用意されていて自分たちは少し大回りの８０分コースを巡ることにしました。木道が整備されているので迷うことはありません。名前をつけられている屋久杉は樹齢１０００年以上あり、数百年ぐらいではペーペー扱いです。その１０００年の間に、隣の樹と合体したり、何代にも渡って覆いかぶさるように生え変わったり、倒壊したまま腐らずにたたずんでいたりと、屋久杉はまさにカオス状態でした。

あまりの無防備さに近づけませんどこもかしこも綺麗な渓流ランドの主役は樹齢１８００年

川沿いの谷の湿度にあってか、日当たりが良い場所も苔むしています。渓流は文句なしの透明度で、橋を渡った対岸の岩の上ではヤクシマザルが集団で日向ぼっこしていました。皆小柄で警戒心もなく過去あったどのサルたちより穏やかです。１時間半ほど歩いて谷を１周しました。
その後、『ヤクスギランド』沿いの道をさらに奥に進んだ『紀元杉』へ向かいました。時間にして５分ぐらいとあるのが、すれ違う車もない道をたっぷり２０分ぐらいかかってようやくたどり着きました。道路端から看板越しに見る『紀元杉』はいろいろな木々に寄生され上の方が枯れた古ぼけた老木にしか見えませんが、木道を通って根元まで近づいて見ると、その迫力に圧倒されました。これほど幹の太さが違うと確かに神秘というか、存在感というか、生命力のオーラのようなものを感じます。３０００年も生きるとあんなオーラが出るのか、あんなオーラがあるから３０００年も生きれるのか。『縄文杉』は１０m以上立ち入り禁止になっているようなので、意外にこちらの方がお得だったのかもしれません。さすが我田引水の先輩のチョイスは的確でした。

本人と間違えそうな看板圧迫されるほどの大きさえび部ネタ、名物激うまトビ唐

それから１時ぐらいにようやく麓の町に戻ってきて食事処を探しました。ガイドブックのオススメやレンタカーでもらったグルメガイドを頼りに店は選び放題ですが、どこもかしこも閉店ばかり、もうどこでもいいからと先に進みながら手当たり次第店をあたりますが全滅。島を半周したところで、今日は屋久島的に旗日なんだろうかと諦めかけた時、奇跡的に１軒のお寿司屋さんを見つけたのでした。聞けば昨日までずっと大シケで漁に出られず、定期便の物資も足止めで皆店を閉めているのだそう。親切な大将とようやくありつけた昼食はネタの新鮮さ以上に美味しく感じました。

水少なめ？の”大川の滝” ひょっとして人口よりも多いかも本日２回目のヤクシカ”西部林道”

料理も食事もゆっくりですっかり長居したので先を急ぎます。外周の観光では最も有名な『大川の滝』を回り、車道から野生のヤクシマザルやヤクシカを間近に見ることができる『西部林道』は断崖で１車線しかないこの旅一番の難所です。レンタカー屋からは反時計回りに走れば山側なので崖から落ちる心配はなくオススメされましたが、陽も西に傾いた３時頃では対向車もほとんどありません。それよりも険しい山道に帰船時間が気になって、ゆっくり野生動物を探索する余裕はありませんでした。『えび部屋』ネタ的に少し期待していた永田いなか浜は白い砂浜で有数のウミガメの産卵地でますが、海は深い青色をした外洋の荒波で魚を垣間見ることはできませんでした。ここまでくるとゴールも間近です、おまけで数あるガジュマル群の中の『志戸子ガジュマル公園』を覗いて、宮之浦港にガソリン満タンのレンタカーを乗捨てたのは帰船時間の２０分前でした。

波強めの”永田いなか浜” 南国おなじみのうねうねガジュマル終わるに終われない”永田とびうお招き”

準備が整うまで岸壁から”子供太鼓”と”永田とびうお招き”で１時間近く見送られながら、クルーズ船は５時半に出航しました。たかだか半日の停泊にそこまで熱心に送られると、港でお土産も買えなかった申し訳なさと、この短い旅の終わりが近づいていることを感じずにはいられません。しかしクルーズ船側は感傷に浸るスキも与えず『ドラムと和太鼓の響進撃』なる夕方のイベントショーを繰り出し、続いて夕食は上質な和のコース料理、そして展望浴室で疲れを癒し、シアターで体を冷ましました。が、もはや先輩がイベント会場に現れることはありませんでした。

瀬戸内海の日の出まだ渡ったことのない因島大橋名残惜しい瀬戸内の風景

翌朝、なんだかもったいなくて夜明け前に起き出しました。船は佐田岬を抜けてすでに瀬戸内海に入っています。甲板をのんびり歩きながら本州と四国を眺めました。こうやって海から陸地を臨むのは心が落ち着きます。何もない平坦な海原の長い航海ではきっと辟易したことでしょう。やはりここは日常から切り離された別世界に違いありません。船内も慣れてきて戸惑うこともすっかりなくなっていました。朝食を終え、ビンゴ大会に参加し、船は因島大橋をくぐります。ゆっくりですがしかし確実に宇野港へ近づいていくのでした。船が後ろに残してゆく波は、まるで一昨日からのこの激動の旅をどんどん思い出にして置き去っていくようです。あれほどコスパの悪さと徹底した階級体制に疑問を感じておきながら、ストレスのない甘やかしサービスにドハマっている自分がいて、すでに名残惜しさと明日からの憂鬱感を感じているのでした。唯我独尊の先輩はすでに別のワンランク上のクルーズ船の予約をしているとのこと。自分もまたいつか世界一周とは行かないまでも１０日間の日程で、もう一度ぐらいクルーズしてみたいものです。
２０２０年、年初に始まった新型コロナ旋風で、ダイヤモンド屋形船は船の感染リスクの恐ろしさを世に知らしめることとなりました。クルーズ船の惨状に皆ドン引きしたに違いありません。その後もあっという間に世界中に広まり多くのクルーズ船が同じ憂き目にあい、５月現在もまたこの災いの結末はみえていません。しかしこれでクルーズ船が下火になることはないでしょう。コロナが晴れて収束したあかつきには、またリピーターで溢れかえるに違いありません。それほどにクルーズ船は中毒性、もとい！魅力のある旅なのだと思います。

終わり