流氷の旅

静岡帰還記念　２０１７年　流氷の旅

／オホーツク海の色の流氷ドラフト／

今更ですが、２０１２年ベトナムから帰国をしてから『えび部屋』的な旅をずっとしていませんでした。静岡に赴任してすぐに派遣された秋田での臨時生活という理由もありましたが、ベトナムの海で念願のサンゴの群生を見れたし、沖縄も４回紹介し、めぼしい行き先がなくなっていました。あとは、いってみたい離島とか、強行突破で小笠原諸島という荒技を使ってもあまり内容が代わり映えしないように思えて、正直なところネタにつまっていたのでした。そんな雪で囲まれた秋田の休日でのこと、何気に眺めていたドキュメント番組でオホーツクの流氷を紹介していました。ユーラシアの大陸の川の水で塩分の薄くなった海が冷やされて氷ができ、オホーツクを南下しながら成長し、北海道に接岸する流氷は世界でも特異な場所なんだとか。それを見てハッとしました。今まで南の海、夏の海ばかりに目がいってたのが、北、しかも冬に訪れるべき海が身近にあることに気づき、目の前が急に明るくなったのでした。次は北海道の流氷を見に、砕氷船に乗ったり、できれば流氷の上を歩いてみよう、ひょっとして北方領土までいけたりして？　しかし、どこにどうやって見に行けばいいのやら、その年は秋田からいい観光手段が見つからず気づいた時には２月の最盛期を逸してしまい・・・、翌年、静岡に戻ってきて生活に慣れるのに気がつくと春を迎えてしまい、そして３度目の冬。今度は１２月からしっかり計画して、まずは大手のツアー会社を訪問しました。２月のど真ん中に何日も休みをとる心臓は持ち合わせていないので、できれば２泊３日以内でなんとかしたいところですが、そこでは５日から１週間のゆったり高級プランしか紹介してくれません。一人旅に冷たい大手。それでも砕氷船や流氷ウォークができる場所はわかりました。こうなったら自力で飛行機と宿を手配し、直接、地元のツアーに参加するしかありません。大雪の季節、移動手段がないと流氷どころではなくなるため、交通機関をネット検索しまくっていたところ、とあるツアー会社のプランにぶち当たりました。ネット専門の老舗の旅行代理店で、お一人様歓迎で１泊２日で流氷ウォークと観光砕氷船、温泉旅館とＳLまでセットになっており、まるでこちらの気持ちを見透かされたようなリーズナブルなプランです。すぐにクレジットで申し込みましたが正直、最後まで詐欺を疑っていました。出発の１０日前ぐらいになってようやく旅のしおりが送られてきました。そこには綺麗な旅のパンフレットもチケットもなく、コピー印刷された日程表とQRコードの搭乗券、電車やバスの時刻表だけでした。ガイドの同行はなし。予約は入っているので、自力で指定された交通機関のカウンターやフロントで名前を告げてくださいとのこと。なるほど無駄がなくて経済的です。ガイドに気を使われたり気を使うよりも一人旅にはありがたいシステムでした。

　　　　　　／満喫の聖地蒲田／　　　　　　　　　　　　　　　　／内装は質素です／　　　　　　　　　　　　　／海の白いのは流氷なのか波なのか／

日程は事前に流氷予報をネットで調べ接岸の可能性の高い２月後半の金曜日に休みをとりました。これで金土を旅行に当て、日曜は万一の予備日にできます。注意をしていたはずが１週間前に風邪ひき。なんとか薬で押さえ込んで治りかけてはいますが、油断して体を冷やすのは注意しなければいけません。ツアーは東京発なので静岡から移動が必要ですが、フライトが朝７時なので前日入りです。木曜、通常通り仕事を終えた後、直接駅に車を置いて電車に乗り込みました。この日常を捨てさるドキドキ感覚が旅の醍醐味でしょうか。東京ではビジネスホテルに泊まっても良かったのですが、古参の漫喫愛好家の自負から、ここは一つネット難民発祥地である蒲田の漫喫で夜を明かしてみることに。漫喫の聖地”蒲田”は工業地帯が隣接する町工場の集まる下町で羽田にも近いため、いろいろな人種の人たちが格安の宿を求めて集まる濃い～場所なのでした。病み上がりなのであまりコアな場所は避け無難に全国チェーンの漫喫にしました。ここでは高級ホテルといったところです。新規登録と個室のナイトパックでも三千円弱ぐらい。有名店ですが東京の漫喫特有の狭くてゴミゴミして変な匂いがするのは変わりません。年季の入ったトイレに入るとなぜが便座にはベッタリと例のアノヒトがごあいさつ。座りたくない気持ちは分かるけど便座に立ってすんなよな！安宿の聖地ではありますが漫画の聖地とはほど遠く、なんなら一晩中漫画を読み倒してやろうかと思っていた気持ちも萎えて、これまた独特の匂いの毛布に包まって夜を明かしたのでした。寝たか寝てないかはっきりしないまま翌朝暗いうちに起き抜け駅前の空港行きバス亭へ。冷たい空気にミゾレ混じりの雨粒がパラパラ頬に当たり、外はすでに早朝と寒さのストレスで無口な通勤者で溢れていました。それでも空港で朝日が出迎えてくれて曇天と陰鬱な気分を振り払ってくれました。予定通り無事にフライト。２時間とかからぬうちに釧路空港に到着です。

　
　　／ディーゼルでも写真撮られまくり／　　　　　　　　　／売店のスルメをストーブで焼きます／

こう見えて北海道でいったことがないメジャーな場所は旭山動物園ぐらいと思っているほど学生時代から数えると６～７回目ぐらいで、北海道の訪問は沖縄より多いぐらいです。観光番付の南の横綱が沖縄なら、北は間違いなく北海道といえるでしょう。釧路は空気は冷たいものの風はなく清々しい晴天ぶり、秋田以来の雪も違和感を全く感じません。リムジンバスで釧路駅に向かい、蒸気機関車『SL冬の湿原号』に乗りますが、出迎えたのは煙突から石油くさい煙を吐いている赤いディーゼル車でした。これは事前の旅の案内の紙に機関車の破損で運行ができない旨がありました。それでも客車は変更なく”だるまストーブ”のあるレトロな内装でした。汽車は釧路湿原を通って標茶駅まで１時間３０分ほどの旅を楽しみます。

　　　　／完全ドスルーの雪の釧路湿原／　　　　　　　　　　／道産子？も放し飼い／　　　　　　　　　　　　　／野生のタンチョウ鶴も悠然と／

座席は小さなテーブルを囲むように４人が向かい合って座る完全指定席で、すでにテーブルには巨大な望遠バズーカとモフモフの録音マイクが陣取っており、持ち主の落ち着きのない少年とか、車内の売店で買ったSL弁当を事細かに記録撮影する兄ちゃんなど、鉄道に並々ならぬ思いを持った人たちの濃い～空間となっていました。車掌のガイドで、車窓を流れてゆく枯れ草と雪に覆われた湿原や、珍しい地形、古い史跡、野生のタンチョウヅルを紹介してくれるも、カメラを向ける人はほとんどいません。標茶駅ではSLの乗車証明書とディーゼル車であったことの払い戻し５００円をもらいました。思いがけず野生のツルや鉄オタなどをみることができたので、ちょっと得した気分です。

　　　　／交通の便のいい硫黄山／　　　　　　　　　　　　　／硫黄の黄色が目に映えます／　　　　　　　　　　／どこまでも続く白い地平線？／

　
標茶駅前からさらに長距離バスに乗って知床半島の根元にあるウトロまで。バスに乗ってくる人はバラバラで自分と同じ会社のツアー客はいないようです。貸切ではなく同業者が共同で借りているシェアバスみたいなものでしょうか。３時間の長旅ですが不思議に疲れも退屈もありません。途中、もうしわけ程度に閑散とした硫黄山に立ち寄りました。そこからしばらく北上し、気がつけば空はねずみ色の曇天に変わっていて、寒冷地特有の重苦しい雪景色に囲まれていました。地平線に目をやるとどこまでも広がる白い雪原。いや、それにしては山どころか草木もありません。しばらく考えてそれは地平線ではなく水平線であることに気がつきました。これが３年間待ちに待った流氷です。バスは、いつの間にか北海道を横断しオホーツク海に出て海岸線を並行して走っていたのでした。すぐ目の前までゴツゴツした流氷が押し寄せていて、それが見渡す限り沖まで広がり海が全く見えないのでした。日本ではないような雄大で異質な光景。いつも５km圏内で生活している者にとってまるで別世界の光景でした。自分の知らないところでおそらく何千万年も前から毎年繰り返されている光景何だろうなと思うと思議な感動を与えてくれます。ウトロの海は期待を裏切りませんでした。しばらく窓辺にかじりついて音のない氷の世界を眺めたのでした。

　　　　／ついに来た北海道の流氷／　　　　　　　　　　　／見渡す限りの氷の大地です／　　　　　　　　　　　／水面から顔を出すアザラシの半島／

途中、バスは海岸沿いの景勝地『オシンコシンの滝』に止まりツアーバスとして最低限の役目を果たしました。外が凶暴な冷たさであることはガラス越しにわかったので、この旅のために用意していた携帯ダウンジャケットをコートの下に着込み、外の寒さに耐えられることがわかると、道路を挟んだ目の前の流氷に近づこうと試みましたが、車の往来が危険なので乗務員に止められてしまいました。今夜の宿があるウトロはもう目と鼻の先です。車内で一人一人今夜の宿泊先を確認されると、直接、ホテルの前に落としていってくれました。宿は知床プリンスホテル『風なみ季』。リーズナブルなツアーであるため、さほど期待はありませんでした。事前にレビューを調べたところ星３つ。中には設備がショボイだわ、対応悪いわと散々コキオロシている星１つもあって、イメージとしては頭をひっぱたく用のナイロン製のスリッパで、狭いロビーには皮の破けた時代遅れのマッサージチェアーが残っていそうなホテルでした。まあ一晩だけだし、明日、流氷ウォークが待っていてくれるだけでもありがたいと思っていたところ、着いてみると近代的な今風の建物に、清潔感のあるゆったりしたロビーです。あちらこちらに客を飽きさせない演出を加えているのがわかる完璧なリゾートホテルでした。もちろん部屋も一晩にはもったいない充実ぶり。フロントでチェックインすると、近所で期間中の「知床流氷フェス」なるものをやっていると言います。これはツアーとは関係なく、ウトロの町おこし的なイベントのようです。ホテルの食事と温泉でまったりしたいところでしたが、いつものオノボリさん的好奇心が勝ってしまい、イベントに参加するため早めの夕食をとることにしました

　／何回目かわからないオシンコシンの滝／　　　　　　　　／もう一泊したかった「風なみ季」／　　　　　　　　／夢中だったので写真撮り忘れました／

食事はバイキング方式のビュッフェと聞いて、万人ウケを狙った手抜きスタイルと思っていましたが、レストランに行ってみると新鮮な北海道の幸を全面に押し出したたくさんの料理。シェフや板前さんがズラリと並んで客の目の前で腕をふるっています。特に目を引いたのはメインディッシュの鍋のバイキングで１０種類ぐらいからダシを１つ選んで、その小鍋にビュッフェで取ってきた好きな具材を入れ自分の席で料理しながら食べるもので、厚生旅行や結婚式で出てくるような、とりあえず鍋もやっつけときましたみたいな薄い存在感ではなく、こんな小鍋の演出もあるのかと感心しました。悩んで選んだ塩麹のダシも肉や魚介をふんだんに入れて美味に仕上がり、もちろん違うダシにして無限おかわりＯＫですが、具だくさん鍋と寿司２巡目で、根性のない胃袋が悲鳴をあげ泣く泣く席を離れたのでした。

　　　／町おこし感満載の流氷フェス／　　　　　　　　　　／静かな野営場に道標の青いＬＥＤ／　　　　　　　　／雪と焚き火は相性抜群です／

「知床流氷フェス」は流氷の到来のピークとなる２月に１ヶ月間開催されるウトロのイベントです。ウトロは小さな港とそれを囲むように小高い丘がせまっていて、丘の上にはリゾートホテル群が林立しています。フェスは港のシンボル「オロンコ岩」と丘の上の野営場の２箇所で開かれていて、野営場はホテルからほんの１００mほどのところにありました。お腹も満たされゴロ寝したいところを我慢して防寒し、すっかり暗くなった雪道を進むと、雪でひときわ静かな林の中にポツリポツリとライトアップされた場所があって、２、３テントが張ってある小さなイベント会場がありました。そこに２、３の屋台があって、入場料についていたサービス券で飲み物も交換できます。会場は迷路のようにライトアップした小径が巡らせてあり、ところどころに休憩所代わりに焚き火と椅子が置いています。小径の先は林がひらけて丘から遠くにオロンコ岩がライトアップしているのが見えました。流氷の水中ライトアップもしているようですが、しかし向こうからは人の騒めきもBGMも流れてきません。こちらの会場は人もまばらで、まるで町内会の寄合といったささやかさです。こういった町単位の冬のイベントは北海道の各地で開催されているようで、観光客やスキー客を巻き込んで雪に閉ざされた地域を活性化しようという思いを感じます。締めつけるような寒空の下、焚き火の弾ける音をぼんやり眺めるのはなかなか贅沢な時間ではありますが、ＣＯ２ともどもイベントを大量排出している現代人にとっては少々物足りないイベントに感じるのではないかといらぬ心配をしてしまいます。

　／盛り上がる氷バーに付け入る隙なし／　　　　　　　　　　／椅子にジッと座っていられません／　　　　　　　　　／帰りはキタキツネの道案内で／

会場を一通り歩いて、ようやく暗さにも目が慣れてくると、２、３の屋台と焚き火しかないと思っていたものが、暗がりで最新の冬用アウトドアグッズの実演とか、会場中央の小高い雪山の中に雪と氷で作ったオシャレなバーがあったり、更にバーに併設された氷の鍾乳洞に光を当てて幻想的な空間を演出していたりと、ただの中学生の文化祭と思っていたところ、さすがは観光のツボを外さない北海道といったところです。気がつくと会場は多くの客で賑わっていました。最後に巨大な屋根だけのテントにプロジェクターを当てて、知床の自然について長年、研究員的なものを勤めたおじさんによる特別公演会を聞きました。知床の自然や動物たちの話、というよりも活動の苦労話が延々と続きます。最初はテントいっぱいにいた人達も、吹き込む寒さとグチ話に耐えることができず、３０分をすぎた頃には１／３程度も残っていませんでした。それでも話をやめないおじさんとのガマン比べは６０分程度続きましたが、完全な防寒装備も大地と隙間風の冷気の同時攻撃にすっかり凍えて結局集中できませんでした。このあとホテルの温泉で存分に温まったのはいうまでもありません。

　　　　／流氷ウォークへ出発！／　　　　　　　　　　　　　／喉が渇いたら流氷で水分補給／　　　　　　　　　　／浮かぶことしかできません／

翌朝は抜けるような快晴。あてにならないレビューを無視して、もう１、２泊したいホテル「風なみ季」を早々にチェックアウトして、迎えの車で地元の観光会社の流氷ツアーに参加しました。１日に４回、流氷の上を実際に歩いて海にも入ることができるトレッキングで全国的にも有名な会社の小さな事務所はすでに３０～４０名ほどの人で溢れていました。数名のスタッフがテキパキ客をさばいて、そこであてがわれたドライスーツに着替えて、バス２台で近くの漁港へ。人懐っこいスタッフが云うには、昨日は曇天で視界が悪かったが、時には吹雪いて中止になることもあり、今日は天気に恵まれているとのこと。初めてのドライスーツはゴワゴワして歩きにくいですが顔で感じる冷たさとはウラハラにシャツ１枚の体を寒さからガッチリガードしています。駐車場から土手を降りてはるか先に見える防波堤を目指して１列に進むと、一面の雪で陸と海の境もわからないまま、いつしか流氷の上を歩いていました。足元が突き抜けたりフワフワする感覚は全くなく、雪の積もった畑を散歩しているようです。おそらく防波堤までは漁港の湾内で流氷も穏やかなのでしょう。今回、念のためにカメラに水中ハウジングを装着して参加していたのをスタッフの目に止まり準備の良さを褒められましたが、気合い入れすぎた痛い人に思われていないかと素直に喜べません。励まされながら２０分ほど歩くと防波堤に近づくにつれゴツゴツした流氷らしい姿が見えて、ぽっかりと氷の裂け目が現れました。ここが目的地のようです。

　　　　　／海からの眺め／　　　　　　　　　　　　　　　　　／海は氷と青の世界／　　　　　　　　　　　　　／赤っぽい色はクリオネ？／

事前の詳しい説明はないままに海に入るよう促されました。ドライスーツに長靴、手袋、頭には毛糸のボーシで、何もチェックしないで本当に浮かぶのか、隙間から水が入ってこないのかとツアー客は皆、目を白黒させています。真っ白な流氷とは対照的な青黒い海の色は一度沈めば二度と浮び上がれない威圧感がハンパありませんでした。スタッフは体とドライスーツの間の空気で浮かぶのでお尻をついて足からゆっくり入れば大丈夫と言いながらも、実際に自ら入って手本を見せることはありません。お客はお互いの顔を見つめ合うばかりです。そんな中で一人だけ水中カメラを持っている運の悪さ。だんだん気まずくなってしまい、仕方なく自ら先陣を切ることに。どうせならなるべく真ん中の方までいきたいと、氷を足がかりにゆっくり進みましたが、縁の周りの薄い氷は簡単に砕けてすぐ足元に着水。確かに強い浮力で、断熱も防水も問題ありません。それをきっかけに皆思い思いに海に入り歓声をあげ撮影会が始まりました。縁の周りでただプカプカ浮いるだけでは芸がないので、もっと広い場所に行こうと手足を動かして水をかきますが、浮力と抵抗力が邪魔をして一向に前に進めません。それでも立ち姿勢になったり、回転を加えたりジタバタしていると、スタッフに、無理に動いてドライスーツ隙間から空気が抜けるとて沈んでしまうからと脅されました。水中カメラといっても海の色から視界はゼロだとわかっていたので、水中写真は適当にして流氷に上がりましたが、ふとクリオネのことを思い出し、ひょっとしたらと水中にカメラを突っ込んで無造作に撮っていると、他のお客から「クリオネいましたか？」と聞かれました。明るい太陽の下では撮った写真も確認できず。次に流氷ウォークにいく時は水中カメラより小型の金魚アミを持って行こうと思ったのでした。

　　　　　　／渾身の地元ネタ／　　　　　　　　　　　　　　／道の駅の”客寄せクリオネ”／

１時間ほどの流氷ウォークから戻ってくるとツアー客は煙のように霧散してしまい、さっきまで賑やかだったツアー会社の事務所はのどかなウトロの町に溶け込んでしまいました。バスターミナルの場所を教えてもらい出発の時間まで近くの道の駅で時間をつぶしました。次の目的地は網走港です。バスは知床を後にして海岸沿いに西を目指します。網走港では観光砕氷船が出ていて、そのため流氷といえば全国的に網走のイメージが強いですが、網走に近づくにつれ気温はどんどん上昇し海が緩んでいくのがわかります。１時間もすれば海はどこまでも青い水平線です。昼過ぎに網走港に着いた時にはたらふく食べたホテルの朝食もすっかり消化しきっていて、さっきの道の駅で食べ物を買わなかったことを後悔したのでした。

　
　　　　／砕氷船”おーろら号”／　　　　　　　　　　　　　　／流氷の欠片もない網走港／　　　　　　　　　　　　／メンタル激強のカモメ／

網走港はひっきりなしに観光バスや車が乗り入れ、流氷観光砕氷船”おーろら”号に乗船するためのお客で溢れていました。カウンターではいっそう緊迫しピリピリムードです。というのも沖合に流氷がなく払い戻しで奔走しているのでした。確かにウトロとは大違いで、港には一欠片の流氷もありません。温暖化のためなのか、案外、網走は他の地域に先駆けて、いち早く流氷を観光の目玉に据えたものの、実態が伴わず苦しい経営を続けているのかも。売店の水槽の”客寄せパンダ”ならぬ” クリオネ”もウトロのより明らかに小柄です。乗船口にはまるで疑いを晴らすように１ヶ月前に採取したという流氷が陸揚げされていました。SLに続いて砕氷船も微妙な空気になってしまいましたが、流氷はウトロで十分堪能できたので落胆はありません。予約の乗船を拒否すれば全額払い戻しも可能ですが、遊覧気分で乗船することにして払い戻し金８００円までもらいむしろラッキーです。

　　　／クラゲじゃないんだから！／　　　　　　　／クラゲ（流氷）も負けじと集結／　　　　　／徐々に氷が大きく、分厚く／

考えは皆同じのようで”おーろら”号は満員です。暖かい船内の座席は近づくこともできず、防寒をキメておとなしく展望デッキで人垣を風除けに眺めることにしました。”おーろら”号は流氷を探して懸命に北上します。晴れ渡った空に５０km離れた知床連山がくっきりと浮かび上がり、出発から２０分ほどしても流氷と呼んでいいのかわからない氷塊とポツリポツリすれ違うばかりです。網走に流氷目的で来た人にとっては確かにショックな光景です。それでも展望デッキでは外国人をはじめ、たくさんのお客が寒さを気にすることもなく、船の波にあらわれる白い欠片を眺めているのでした。まあこんな感じで盛り上がりもなく終わるかなと思っていると、そのうち日が陰り出し流氷の欠片が徐々に増え始め、その欠片が成長するかのように大きく、分厚くなってきました。

　　　　　／意地の流氷到達／　　　　　　　　　／すっかり冷めてしまった売店のお昼／　　　　　　／オオワシも流氷のシンボルです／

そしてラストの２～３分ほどの間、ようやく流氷で隙間がなく覆われた場所にたどり着きました。密集した流氷を押しのけて進む誇らしげな”おーろら”号。分厚い流氷が船体にぶつかって鈍い音をあげながら持ち上がり横に折り重なっていきます。降り立つぐらいには十分な流氷の大地ですが、実際に船から飛び降りると救援やらなにやらで大騒ぎになるため厳しく取り締まられているようです。十分元は取れたので納得のクルージング。”おーろら”号はかきわけた跡を残しながら、満足気にゆっくり旋回して網走港に帰港したのでした。
砕氷船のあとは夜までフリータイムで、空港バスで満別空港から東京へフライトです。港からは路線バスが出ていて、監獄や流氷館、民族博物館を巡ることができますが、往復のタイミングと空港バスの出発時刻を考えると、どう考えても３０分ぐらいしか見学できないので、夜まで網走の街でお土産と食事処を探しをして過ごしました。まずは、帰りのバス停を見つけて安心し、繁華街を探します。

　／船のデッキより堪える網走の商店街／　　　　　／クリオネもとことん利用／

土曜の午後の商店街は人通りほぼゼロ。BGMも流れる立派な通りに時折冷たい風が吹き抜け、路肩にうずたかくこびりついた雪がこの季節に外出する習慣がないことを告げていました。お昼を食べ損なったので最後は本場の豪華な海産物でもとあちこち探しましたが陽もまだ高く暖簾が出ている食事処は１件もありません。結局、数件のお土産屋を冷やかしながら客のいない商店街を練り歩き、陽も足も暮れたところで１軒の郷土料理の居酒屋に入りました。その狭い入口をくぐった瞬間、熱と活気を帯びた話し声や高笑いが飛び込んできました。すでに老若男女がそれぞれ寄り添うようにテーブルを囲んでいます。屋外では寒さで体も口も固く無口になる分、屋内では暖房をガンガンに人々の距離もぐっと近くなる北国特有のギャップがそこにはありました。店内は新鮮な魚を扱う厳格さと無骨な懐の広さを感じる板前さんが黙々と手を動かしていて、最初は、なにを頼んだら正解なのかわかりませんでしたが、そこで偶然知った青色の地ビールと名物のオホーツク丼をとり、久しぶりのえび部屋の旅を有終の美で締めくくったのでした。そして、食もレジャーも特別気負ったサービスも演出もあるわけではないのに、なぜか全てがツボをおさえている北海道の不思議なポテンシャルをあらためて感じたのでした。

終わり