えび部千一夜物語

「えびべ千夜一夜物語」～オールウェズえびべの夕日～

ダボハゼ（２０２４年　喪中号）
ハゼといえば、ずん胴の体に、たらこ唇、頭の上に並んだクリクリ目玉がカエルみたいで、間の抜けた表情がなんとも憎めない魚です。流線型をイメージする魚とはかけ離れていますが、ハゼは魚類の中でも種類の多さで一大勢力を誇ります。その証にハゼの仲間は海水以外にも淡水、湖水、汽水、干潟に至るまでほとんどの水域に生息しています。子供の頃、近所の小川に行けば、ヨシノボリ稚魚の群を橋の上から見ることができました。キラリと視界の端をよぎる小ブナと違って、ヨシノボリは川底の岩場にくっついているので水面が凪いでいればじっくり見ることができました。流れに逆らって踏ん張って、時に流されてはまた這い上がってくる仕草に、欲望のまま我が手中に収めようと躍起になりますが、棒キレにビニール袋のLv１装備ではあっという間に逃げられるので、せめて散らして遠ざけてしまわないように静かに見守る技術を学びました。しかし仲間たちはすぐにカンシャクを起こして手当たり次第に石を投げつけるので、そんな微笑ましい光景を見る機会は多くは巡ってこず、いつしか、いつでも魚を眺められるよう川のほとりの家に住むのが夢になりました。思えばあの頃からハゼ推しだったように思います。遠足の潮干狩りではアサリそっちのけでマハゼの子供を追いかけました。くるぶしほどの浅瀬にウヨウヨいる稚ハゼはお近づきになる数少ないチャンスです。もちろん小学生に捕まるようなどんくさいハゼは滅多におらず、あざ笑うかのように指やバケツの間をすり抜けて消えてしまうのでした。他にも山間の田舎には小川の岩穴にいた巨大ドンコにドン引きしましたし、遠く有明海の干潟に住むムツゴロウとシオマネキに思いを馳せ親に車を出すよう直談判したこともありました。当然、観賞用の海水魚にもハゼの仲間はたくさんいて、ミズタマハゼ、ギンガハゼ、ハタタテハゼ、アケボノハゼ、クビアカハゼ、枚挙にいとまがありません。
ハゼを身近に感じることになるのは中学デビューの海釣りからです。投釣りの定番のような魚で秋口になると大抵どんな仕掛でも餌でも何はなくても釣れました。１匹も釣れないボウズの日も珍しくないのが釣りですが、１０匹もハゼが釣れてホクホクして帰ってきても、ハゼの数え方は１００匹単位で１束、２束と数えるのが通説だと海釣り入門書の紹介に書いてあって衝撃を受けました。「ハゼならば釣ってきなよと女房いい」というほどハゼは江戸の庶民に身近な魚の代表で、淡水の混じる河口付近に集まるので、昔の東京湾ではたくさん釣れたようですが、そんな大昔の黄金時代のことを現代の常識に当てはめるのはいかがなものか。釣り入門者に対してマウントをとろうとする態度に違和感を感じたものでした。
それから１０年も経過した頃、大学の友人を訪ねて故郷の島根県に仲間数名で遊びに行ったときのこと、初めての地とあって友人宅におしかけ秋の島根のいろいろな観光地を巡り倒していると、友人のご両親の計らいで、近所にハゼ釣りに誘われました。４～５人の大所帯ですが釣り慣れているのか人数分の釣竿が揃っていて、お弁当を用意してくれてシジミで有名な宍道湖に出かけたのでした。民家の前のなんでもないブロックの湖岸で水深は１mもなさそうなところに、老若男女が竿を出しています。釣竿といっても身長程度の短い竿に針とオモリしかないような簡単な仕掛けでした。こんな平凡な場所と方法で大丈夫だろうかと内心不安でしたが、まあ釣れなくても余興程度に楽しめばいいかぐらいで、目の前の水面に糸を垂らすと２～３分もしないうちにアタリがきて１０cm程の小ぶりのハゼが釣れました。それからは初の爆釣といっていいほど数えるヒマもない入れ喰いで、逆にこんなに釣ってしまって大丈夫なんだろうかと心配になるほどでした。あの海釣り入門書の書いていることがマウントではないことがやっと実感できたのでした。２時間もすると汽水の宍道湖も潮の満ち引きがあるのか、気づくと水面がずいぶん下がっていて、湖底が透けて見えるようになりました。ふと仲間の一人がハゼを見つけ、その顔前に釣糸をゆっくり降ろしていくと、バクッ！と何の警戒心もなく喰らいつく姿に大笑い。散々仲間が釣り上げられている中、欲望のままに行動する姿は、ハゼを欲しがる子供の比ではなく、これがダボハゼというやつなんだと理解できたのでした。結局、哀れさと疲れで竿が鈍って、４人がかりでも初の１００匹とはいきませんでした。いくらダボハゼでも一人で１束も釣り上げるとなると、よほどの冷血なメンタルでなければ務まらないでしょう。釣ったハゼは家に帰ってすぐにご両親が開いて天ぷらにして食べさせてくれました。初めてのハゼの天ぷらのふっくらクセのないうまさに感動し、あっという間になくなって、鋼の精神でもう少し釣っておけばよかったと後悔したのでした。

夜釣り（２０２３年　３８年ぶりのアレ号）
真冬の深夜。ピンとはりつめた冷気に家具や家電は息を殺し、重たい静寂が支配する闇の世界。何もかもが静止した部屋で、マッチを擦る音と石油ストーブの鼻をつく煙がこわばった時間を徐々に解きほぐし、のろのろと１日が流れ始めます。冬の朝はまだはるか遠く、艶かしい布団の誘惑を断腸の思いで振り払ってでも、寒い台所の頼りないストーブが待つ辛い現実世界に起き抜けるのは、釣り仲間と交わしたカレイ釣りの約束のためです。海釣りデビューから半年か１年そこら、おおよそ釣りの段取りや雰囲気がわかってきて、釣りをしたい気持ちが最高潮にあっては、夢は布団の中ではなく、噂に聞く６０cm級の”座布団カレイ”のいる厳冬の海にこそあるのでした。そして黙って朝の支度をしてくれた母と、ようやく暖かくなり始めた台所に別れを告げて、さらに過酷な凍てつく夜のバス停へと飛び出していくのですが、もちろん夢は夢のまま、座布団どころか鍋敷きサイズのカレイすら拝めることはできません。しかし、それすらも次回への燃料として石油ストーブの炎のごとく釣りへの情熱をメラメラと萌え揚がらせるのでした。こんな感じで古今東西釣りというものは、魚の食いつきがもっともいい朝日が登る前後１時間の「朝まずめ」に行くことが常識とされています。魚どんだけ早起きだよ！イヤミか！と思わないでもないですが、それもこれも魚をゲーム感覚で釣りまくっている人間どもが原因なのかもしれません。それでも、陽が昇る前の空が白々と明けてくる光景は清々しく神々しさすらあって、これから始まる爆釣への期待感で高鳴ること間違いなしです。とはいえ若さに早起きは天敵。暖かい布団に限らず、何かと誘惑の多い若人に、朝４時起きのために前日の夜９時に寝るなどという正論など、まかり通るはずもありません。誰かれ遅刻してみんなから総スカンを食うことも日常なのでした。そこで、もう一つの選択が、次に魚の食いつきがいいといわれる夕日が沈む前後の「夕まずめ」です。休日の朝、心ゆくまで惰眠を貪ったあと悠々と釣りに出かけるメリットは膨大ですが、唯一の問題が釣りの強制終了です。「朝まずめ」は日の出前の１時間と日の出後の１時間、さらにはその後の悪あがきの２～３時間と、いってしまえばエサ箱が空になるまで釣りをすることができ、帰りに魚屋へ寄り道することも可能ですが、「夕まずめ」は日没になるとせいぜい３０分が限界で、あとは暗くて釣りになりません。海岸に釣り人のための街灯などはなく、懐中電灯も手元、周囲、海といちいち照らすには何かと不便でした。何よりヒト気の去った夜の海岸はオバケすらでないほどの物寂しさで釣りの情熱も一気に冷めてしまいます。夜に明るい団欒に戻りたくなるのは人もカラスも変わらないのでした。
高校生になると、社会的地位も若干上がり、行動範囲も情報網も広くなって、もっと心ゆくまで釣りを楽しみたくなります。そこで目をつけたのが夜釣りの必須アイテム”電気ウキ”でした。 ”電気ウキ”は中に電池とＬＥＤが入っていて、水面で光るので夜中でも海のどこに釣針があるか一目瞭然です。この頃は投げ釣りが主体だったので”電気ウキ”も特に浮力の強く遠くへ飛ばせる投げ釣り用のものを使っていました。豪快なぶん繊細な釣りは向きませんが、糸を送れば潮の流れに乗って普段は飛ばせない遠くの沖へ流れてくれるところが魅力です。夜はスズキ、タチウオ、アナゴなどの夜行性の大魚やチヌといった普段警戒心が強い魚も釣れやすくなるといい、俄然夜釣りの魅力に取り憑かれていきました。
夏休み、常連になった釣友二人と計画を立て、鼻息荒く昼間から近所の漁港へのりこみました。そのまま「夕まずめ」どころか夜通し夜釣りで徹夜し翌朝の「朝まずめ」まで存分に釣りを楽しもうという魂胆です。まずはいろいろなポイントで釣りを試し、いつもの小型のガシラやアブラメ、チャリコを釣り、日が傾くと夜に備えて足場の良い防波堤に腰を落ち着けました。今回の主役の電気ウキに切り替え、薄暗くなると何度かアタリがあって小型のサバやカタクチイワシが釣れました。その後、完全に暗くなるとパタリとアタリが途絶えてしまい３人合わせても２～３匹といったところ。場所を変えたりしましたが完全に手応えがなくなり手持ち無沙汰になりました。水面に浮かぶ電気ウキは潮に押し戻されて足元にいることを赤い光で告げています。仕方なくそのまま置き竿をして漁協事務所脇にポツンと立っている自動販売機でうどんを食べました。コンビニがなく普通の店は７時には閉店する時代、当時でもだいぶ珍しくなっていた生麺の自動販売機で、隣のゴミ箱の山からゴキブリかフナムシのどっちが飛び出てくるかヒヤヒヤしながらも、街灯の下でちゃんとした食事にありつけたことが一番の収穫だったかもしれません。その後、釣り場に戻ると、また静かな海に向き合います。予想ではメバルやらヒラメやらガザミなんかが釣れて皆でワイワイ騒いているはずだったのが、皆、言葉もなくただ海面を漂う電気ウキを眺め続けるその時の流れの恐ろしく遅いこと。パン屋が閉まり、ご飯屋が閉まり、最終バスもなくなり、そのうち髪や腕がベタベタしてきました。昼間から暑さを感じないほどの強い海風にあたり続け、夜はふんだんに海の湿気を含んだ空気の中にいては体中が塩分でネットリするのも道理です。不快で原始的な現状に、遠くに並ぶ家々の文化的な灯りが１日経たずに恋しくなりました。気がつくと潮目が変わり、電気ウキは沖の方に流れていました。すると大きなアタリがあって久しぶりに型のいいサバが釣れました。続いて釣れたのは見たこともない綺麗なエメラルドグリーンの背中。特別な夜行性の魚だと思ったそれは大きなイワシでした。痙攣してすぐに見慣れた色になりましたが、青魚と呼ぶ理由がやっとわかりました。ちょうど０時を回ったところです。やっと爆釣の兆しが見えたところで、突然、突風が吹いて釣り道具やバケツのフタが飛んで釣りどころではなくなってしまいました。どうやら陸風に変わったようです。その後、アタリはすぐに途絶えましたが、風はやむことなく吹き続け体温をとんどん奪われて、もはや海に向かうこともできず防波堤の陰に隠れるしかありませんでした。疲れが睡魔に変わると、わずかにあった情熱釣りストーブの燃料が底をつき、「朝まずめ」をまたずに早々に釣竿をたたんで風のない駅前の公園に逃げ込みベンチで始発を待つことにしました。すっかり眠りこけて、強い日差しに耐えられずに顔を上げると、そこにあったのは、エサも外していない釣竿を抱え、ヨレヨレのＴシャツを着たみすぼらしい若者３人の周りを、通勤ラッシュのサラリーマン達が慌ただしく行き交う光景でした。その後、徹夜で釣りをしなくなったのはいうまでもありません。

うずまき（２０２２年　ウクライ・なら号）
夏が一年の中で一番好きな季節でなくなってしまったのは、いつの頃からだったでしょうか。夏休み、海水浴、虫取り、花火、スイカ割り、かき氷。ほとんどの子供が無条件で大好きだったイベントは歳をとるにつれて少しずつ嫌いになっていきます。暑くてどこも行けないのが嫌い、ヒリヒリベタベタするのが嫌い、気持ち悪いのが嫌い、蚊にさされるのが嫌い、食べ難いのが嫌い、頭がキンキンのするのが嫌い。あんなに好きだったものが、ただ興味が薄れるだけじゃなく１８０度方向転換してキライになる。そんな冷めた同年代の言葉を大人の成長の証として受け入れ、自分も流されてしまっていました。元来、痛みに鈍感である子供が、体験を繰り返して痛みを覚えそれを遠ざけていくことは成長として正常なことでしょうが、「無邪気」だった子供が痛みによって多くの”邪気”を吸収し大人に成長するというのはなんだかモンスター地味ています。そう考えると成長という名の下に子供に様々なイベントで「痛み」を課している学校という機関はさしずめ秘密結社的存在といえなくもありません。
プールもまたそんなイベントの一つです。扇風機が主な冷房手段であったあの時代に、プールは子供にとって長くムシ暑い季節の鉄板の娯楽でした。水の心地よい冷たさの爽快感。地上では味わえない浮遊感。顔にかかる水しぶきの高揚感。そして友達と一緒に歓声をあげられる開放感。いつまでもこの楽園に身を浸していたいと願い、プールを後にする切なさはいうまでもありません。しかし、その気持ちは幼稚園をピークに急速に落ちていきます。楽園を最大限楽しむために欠かせない禁断の果実、あるいは無敵アイテムともいうべき「浮き輪」の持ち込みが小学生から禁じられてしまうからです。それでも低学年ではまだ水深が腰ぐらいのプールで、授業といっても水に慣れるための遊びのようなもの。それが学年が上がるごとに、水中で息を止めたり、スイカのように水に浮かんでみたり、プールの縁に捕まってバタ足をしたりといった泳ぐための練習にシフトしていきます。水が顔にかからないよう母親に頭を洗ってもらったり、シャンプーハットを使っている子供達にとってそれはもう遊びではなく試練なのでした。さらに学年が上がると本格的になり、水深が胸まであるプールで、すぐにどこかに飛んでしまう頼りないビート板を使って浮く試練、手足を動かしながら息継ぎをして長く泳ぐ試練。鼻に水が入るのを耐えて仰向けで泳ぐ試練、果ては、水面から遥かに離れた高台から真っ逆さまに飛び込む試練と、次から次と難度が上がり続けます。当然耐えられずプールサイドで仮病で見学する子は絶えません。そんな時、先生達大人は昔の川はずっとキレイで子供は皆、毎日当たり前のように川に入って遊ぶので、泳ぎは自然と魚並みに達者になるのだ、という自慢で追い打ちをかけてくるのでした。よって、自分の痛みに敏感になっても他人の痛みにひたすら鈍感な子供の集団の前で流暢に泳げず醜態を晒すことは、クラス内のヒエラルキーに大きな影響を与えるものでした。無理をして溺れかけたり、飛び込みでお腹を強打して勝ち組から転落することもしばしばです。それは子供にプールに対するさらなる嫌悪感、苦手意識を植え付けることになるのでした。そんな子供達をよそに、親達大人の暗躍が始まります。勉強、運動、芸能といった学校が用意する様々な痛みに子供達が挫折し落ちこぼれないように「学習塾」「スポーツ教室」「習い事」というバックアップが用意されます。それは後になって振り返ると有益なものに違いないのですが、それらの多くはさらなる痛みを伴うものであって、それは現実を見ずに夢を見ていたいとする子供にとって無用の長物です。結局「落ちこぼれ」という言葉にもっとも神経を尖らせているのは当の子供ではなく親なのでした。
自分も親の余計な心配からヤマハ音楽教室やらそろばん塾などの習い事にいかされました。親の思惑に反して一向に上達しないそれらを疎ましく思っていたのはいうまでもありません。水泳教室はその最たるもので、小学生に上がり、浮き輪なしでは「丘に上がったカッパ」状態で、泳ぎを全く知らなかった自分は、毎回、教室の後にミニカーをどれでも1台ずつ買ってもらえるという法外な報酬に、一夏の間だけという約束でシブシブ顔を縦に振りました。車で通うその水泳教室は、なんの遊具もない殺風景なプールで、ただならぬ大人の雰囲気があり、そこに初心者コースとして同じ年代と思われる泳げない男女２０人ばかりが集められていました。いかにもといった逆三角形の男のインストラクターの熱血指導で、おふざけなしのドライな訓練の数々は、ほとんど軍隊のそれでした。ミニカ－１台ではとても割に合いません。厳しい環境に身を置けばたとえ子供であっても指導者の意図を汲むようになります。これは一種の防衛本能ともいうべきもので、結果、シャンプーが顔にかかって大騒ぎする子供が、怖さを押し殺して水に向き合うハメになります。初めての水の中は思ったほど耳の中に入る水に違和感こそありませんでしたが、ゴーゴーと耳鳴りのする異世界空間でした。目はまだ怖くて開けられません。布団をかぶって息を止めるのとは全く異なるプレッシャーが全身を取り巻いていました。最終日の卒業試験は、大人でも足のつかない深いプールに補助具なしで１０mほど離れたインストラクターの元まで順番に泳いでいくというものでしたが、皆、暗闇をたたえる底なしの水に完全にビビってしまい、それまで習ったことを活かせずに脱落するものが続出しました。特に自分の前にいた子は前に進むことなく派手に溺れて助けられ、しこたま飲んだ水を吐いていました。その子の朝食は食パンだったのを鮮明に覚えています。自分の番になり、死地に送られる兵士の気分です。覚悟を決めて夢中で手足を動かし途中で沈みかけて助けられましたが半数ほどが脱落する中でなんとか及第点だったようです。散々な水泳教室ではありましたが、泳ぎはそこそこできるようになって、夏休み後の学校の水泳の授業で他の子供に対し大きなアドバンテージを得ることができたのでした。ただし水中で目を開けることができるようになったのはこの後のことでした。
辛いことが多い水泳の授業も考えてみると、夏休みを除くと２ヶ月もありません。そんな最後の授業に、試練を乗り越えたご褒美なのか、何かの約束事なのか、口には出しませんでしたが恒例のレクリエーションがあります。みんなでプールの中で”うずまき”を作るというもの。作るのは簡単で、コースロープを取り外した四角いプールに入って、みんなで壁沿いに同じ方向へぐるぐるとひたすら全力で歩きます。最初は水の抵抗を受けて進み難いのを我慢して全身を使って進んでいくと、抵抗が次第に軽くなり、後ろから押されるような感覚を覚え、気がつくと立ち止まれない程のうずまきの流れが生まれているのでした。その頃にはもう何もしなくてもうずまきに身を任せれば、普段の泳ぎよりはるかに速く気持ちよく進んでいきます。即席の元祖”流れるプール”なのでした。これのすごいところは、時に先生の号令による逆回転で、その時に受ける水流の強さと抗って進む面白さは一般の流れるプールにはないものでした。女も男も、泳げる子も泳げない子も、勝ち組も負け組も関係なく皆が一体となって、大騒ぎ、大ハシャギしながらうずまきを作る。そこには昔追放された楽園の爽快感、浮遊感、高揚感、開放感がありました。このうずまきは密かな楽しみになりました。水泳に対してなんの試練にもなりませんが高学年になっても毎年やってくれたのは先生達大人の数少ないイキな計らいといっていいでしょう。
月日が流れた今、学校のプールはどうなったでしょうか。腕を頭に組んで腰を沈めて３０秒数える下半身の消毒槽も、目に刺さりそうな洗眼シャワーも、ザ・プール臭ともいうべき塩素タブレットの投薬も今は安全上なくなってしまったと聞きます。人口減少でプール自体を維持できなくなっている世の中で、あのうずまきももうやらなくなっているのでしょうか。

チャー・カー・ラボン（２０２１年　ＭＶＰ受賞号）
『雷魚』と書くとオラが村、秋田の代表的な魚『ハタハタ』のことで、他にも『鱩』、『鰰』、『燭魚』、『波多波多』と色々な漢字をあてます。漁港に水揚げされて木箱に無造作に放り込まれている、あのニュルンッとした『ハタハタ』が、魚偏に『雷』とか『神』とかたいそうな肩書きを持つのはピンときませんが、彼らは深海の魚で晩秋から冬にかけて海岸近くの海藻に産卵のため上がってきて、これが冬の始まりを告げる雷と時期がかぶるからなのだそうで、冬の厳しい時期に漁師にとってはまさに神の使いなのかもしれません。と、脱線しましたが、今回のお話は海水の『雷魚』ではなく、淡水の『雷魚』です。こちらは漢字より『ライギョ』とカタカナ表記の方がメジャーのようです。新参者『ブラックバス』にすっかりお株を奪われてしまいましたが、台湾、中国、朝鮮からやってきた古参の肉食性の外来種で、実際はタイワンドジョウ、カムルチー、コウタイといった近縁の３種の魚をひとくくりに『ライギョ』と呼ぶのだとか。海水の『雷魚』といい、１つの肩書きに収まらない奇妙な宿命を背負っているのかもしれません。名前の由来は悪天候の嵐に地面を這って移動する姿や、噛み付くと雷が鳴っても離さないからだそうですが、後半は疑わしい上に『すっぽん』の由来とかぶっています。要は獰猛な大型魚ということで、なるほど、あまり雷に寄せず『ライギョ』とする方がしっくりします。また『ライギョ』の英名は『スネークヘッド』といい頭がヘビに似ているというのが由来で、実際、寸胴の体にヘビのような独特のまだら模様があり、ここだけ聞くと恐ろしげで出会いたくないイメージですが、日本のヤツはへビというより、面長にタラコ唇とクリクリ目玉の古代魚のような風貌がちょっとした収集心をくすぐる憧れの魚なのでした。とはいえ、本格的なルアー釣りのアングラーでもなければほぼ出会えることもなく、ごくわずかな他人の自慢話でしか、その存在を認識することはありませんでした。
それから数十年後のエモイの国、ベトナム。ここ数年日本で流行している若者言葉の『エモい』は哀愁を含んだ感動を表現する時に使う、さしずめ『グッとくる！』ですが、ベトナムでは年下の女性（店員）を呼ぶときに飛び交うのが『エモイ』で、さしずめ『おい、ちょっと！』です。その首都ハノイに厄年を払う余裕もなく仕事で飛ばされました。街頭にはまだ信号が１つぐらいしかなかったこの都市は、ガサツ、野暮、怠惰、欺瞞、妬心、自己中、あらゆる人間の負の面と、勤勉、おおらか、親切、協調、忠義、向上心、あらゆる正の面がガチンコでぶつかり合って混沌としていました。当時は理解できませんでしたが、その圧倒的な人のバイタリティーに、ひと昔前も同じだったであろう日本を重ねて『エモい』パワースポットとして人気だったのかもしれません。そのバイタリティーは犬、猫、ヤギ、ヘビ、カエル、鳩、雛、虫に至るまでなんでもいただく食文化にも現れています。ベトナムに外来種として進出して数年、まだまだ新参者だった我々会社のメンバー達はそんなベトナム・パワーに呑まれまいと必死にあがいていました。当時は赴任の正式メンバーに、技術移管と称し半年単位の出張メンバーが入れ替わり立ち替り、他の海外工場に比べ異様に日本人の多い工場でした。初期の工場立ち上げメンバーには開拓者と呼べる人がいて、仕事もそこそこに、様々な手段で正しい日本料理屋や日本人の口に合う安全な郷土料理屋を探し出してくれたおかげで、親日のお国柄も手伝い、日本人の胃袋については比較的優しい環境ができていて、後続者はそれに頼りきり、馴染みの店に入り浸っては、異国や望郷のストレスから逃れようと数を味方に、味付けから配膳まで自分たちの好みを強要していました。日本風の創作料理には徹底的にＮｏを突きつけ、ビールが冷えていない、コップを凍らせろと、毎日が傍若無人、暴飲暴食を尽くしていました。歓迎会というたまの地元料理に至っては、パクチーその他未知の食材は拒絶、魚介類はもっと火を通してこいなどと、ベトナム以上に人の負の面が全開でした。それは職場のベトナム人に対しても同じで、そんな荒んだ生活を尻目に十数ヶ月を過ごし、なんとか一人で出歩けるようになった頃、仕事の関係で秋田の頃からずっとお世話になっていたメーカーの営業担当者がベトナム工場を表敬訪問し、夜に一緒に食事しましょうという流れになりました。その人は東南アジアでバリバリ働く同僚からのお勧めでガイドブックの１軒の料理店を希望しました。それはどローカルな『ライギョ』専門店とのこと。その時『ライギョ』がハノイの有名な郷土料理であることを初めて知りました。子供の頃の記憶では『ライギョ』には確か寄生虫がいて食用に適さなかったはず。ましてや衛生とは無縁のローカル店です。まさかのゲテモノ料理に、内心青ざめ焦りつつも、現地民？のプライドとして断ることはできません。日本語も英語も通じない運転手がガイドブックをじっと見つめ無言で出発したタクシーが辿り着いたのは、中心街とも呼べる旧市街の商店の立ち並ぶ小さな通りでした。ずっと安全地帯（日本料理屋）で被弾を避けていたので、こんなコアな敵地は当然初めてです。目の前には、他の店よりひときわ異彩を放つ木造の小さな店がありました。旧市街ならまだ元フランス領下の西洋の雰囲気が残るはずですが、古いドアは擦り切れ、窓はつぎはぎ、ガラスは曇っています。一瞬たじろく連れのお客。その心の動きに最後の望みをかけつつ、『あっ、ここですね』と場馴れした感じを出して率先して入り口に誘導しましたが、後ろから『やっぱり、ここはやめときましょう！』という声はかかりませんでした。内部も外観に負けず劣らず、狭い店内は不揃いなテーブルや丸椅子が窮屈に押し込められ、天井は低く、隅に見える階段は今にも抜け落ちそうです。心なしか全体にひしゃげているようで、どう見ても元は普通の民家に違いありません。営業で鍛えた精神力ですっかり平常心を取り戻しワンダーワールドにワクワクが止まらないお客と、この時点で大きく被弾し食アタリという完全な死亡宣告にハラハラが止まらない自分は、店の中央のテーブルに腰を下ろしました。『エモーイ』と呼べばアオザイをまとった若い店員が日本語メニューを持って飛んできてくれる正の面の日本料理屋と違い、ベトナム語しか通じないローカル店で、さてどうやって目的の料理を注文したものか、負の面の店なら外来種の素人と見るやボッタクリにかかるかもしれません。メニューはないかとキョトキョトしていると、普段着のおばさん店員が、慣れた感じで七輪を運んできました。上には小型のフライパンに白いサイコロ状のものが、油の上でジュウジュウ音を立てています。どうやら料理は一品のみで、これがその『ライギョ』料理のようです。てっきり『いらっしゃいませ』と大口を開けたライギョが皿の上で豪快に輪切りで出てくるものと思っていましたが、上品に一口サイズ、しっかもヘビのまだら模様からは想像もつかないほど肉厚で綺麗な白身です。そのうち次々と皿が運ばれテーブルが一気に華やぎました。山盛りの葉っぱの大皿は、どうやら香草の類でパクチーの他、日本では見たことのないトゲトゲ、ビロビロした草が何種類も入っています。白い山盛りの皿は、そうめんを茹で上げたような水気ない麺の塊で『ブン』と呼ばれる米麺と、あとはピーナツのようないくつかの薬味とオドロオドロしい色の魚醤の小皿でした。おばさん店員は、素人と見るや、フライパンに香草入れてライギョと炒め、『ライギョ』が揚がったら小皿に取り『ブン」を混ぜ、薬味と魚醤をかけて食べなさいと身振りで教え、最後に親切に飲み物の注文を聞いてくれたのでした。寄生虫を焼き殺そうとライギョ肉の六面に慎重に焦げ目をつけ恐る恐る食べてみると、油の影響もあるのかクセはなく淡白な味わいで、小骨もなく、香草も邪魔をせず、モチモチの『ブン』や魚醤もいいアクセントで、最初は『なんとが食べれる』が、徐々に『まあまあいける』となり、最後は『普通に美味しい』に変わりました。常温の地ビールも料理にあっています。２人分だったフライパンの『ライギョ』肉も、どんどん減っていき、最後の一切れを我慢するほどでした。すっかり緊張もほぐれ、気がつくと店内はお客で賑わっていて不釣り合いな西洋人がフライパンをつついていました。ひょっとしてかなりメジャーな店だったのでしょうか。ふとレジの壁に貼り付けた切り抜きに目がとまりました。驚いたことに日本の雑誌のこの店の紹介をした記事で、創業１００年を超える老舗なんだとか。混沌なベトナムにそんな伝統を守り続ける気概があるとは正直思ってもみませんでした。後日わかったことには、ベトナム語で書かれて読めなかった店の名前は『チャー・カー・ラボン』。『チャー』は『揚げる』、『カー』は『魚』、『ラボン』は『釣り仙人？？？』だそうで、ボロッちい店構も納得の１８７１年創業で、その店の通りにも同じ名前がつけられるほどの名店中の名店だそうです。この経験値は自分にとって海外生活の大きな転機になりました。安全地帯から自分と違うものを批評するのではなく、武器を持たず体一つでぶつかってありのままを受け入れることが、他人を理解し、新たな自分を発見できるということなのでしょう。もちろん開拓者になれるほど度胸はありませんが、その後、帰りの送迎バスを待つ工場で守衛が振る舞ってくれる回し飲みした茶渋ギトギトの湯飲みとか、ハエのブンブンたかるローカル店の現地野菜とか、日本人が飲めるのかとベトナム人が固唾を飲んで見守る何かの生き血を混ぜた食前酒など、食アタリすることなく、いろいろな忘れられない思い出ができたのでした。
その後『チャー・カー・ラボン』へいくことはありませんでした。旧市街を通る時は気になって車窓から探しますが、曖昧な記憶と、ただでさえ同じような街並みに見つけることはできませんでした。だいぶ時が経った後、やっと再会できた『チャー・カー・ラボン』は、改装したのか、店舗が増えたのか、それとも最初の店が偽物だったのか、ネオンサインの輝く今風のおしゃれな店舗になっていたのでした。
さて、このお話をかくに当たっていろいろググってみると、『チャー・カー・ラボン』の料理は実は『ライギョ』ではなく、『ラン魚』というナマズの仲間を使った料理で、当時の日本語ガイドの誤報だったのでした。さすが１つの肩書きに収まらない『雷魚』の面目躍如なのでした。

エメラルドグリーン（２０２０年　ダイアモンド・プリンセス号）
紺碧、コバルトブルー、美ら海を讃える色は数ありますが一番好きなのはエメラルドグリーンです。海の色といって一番に頭に浮かぶのは青。幼児にクレヨンと画用紙を持たせて描かせたら十中八九選択する鉄板の色なのに、いったい何が入っていたら目がさめるような緑に輝いて見えるのでしょう。簡単に光のスペクトルやプランクトンの密度といった言葉では割り切れない幻想的な色彩です。そんなエメラルドの海岸は、まさに最後の楽園というにふさわしい光景でしょう。昔、エメラルドグリーンの透きとおる海は、お菓子の家や妖精の森のようなおとぎの国の話だろうと思っていました。まだ東京ディズニーランドがなかった時代です。社会科では高度経済成長期の副産物として日本中の海はことごとく汚染され、遠浅の海岸はコンクリートで破壊され、海の生態系が元の姿を取り戻すにはあと２００年はヨユーでかかるというのが評論家のお決まりの文句でした。同じ歴史の授業では驕った日本の第二次大戦の顛末にショックを受け、普段から自分たち子供を冷ややかな目線で見下す大人達のフテブテしさもあいまって、いかに大人がポンコツなのかを痛感していました。してみると、学校は反社会的な思想を子供に根付かせようとしていたのかもしれません。
実際、当時の海は２m下の海底まで見通せることはほとんどありませんでした。隣町が大冒険の子供の行動範囲では、知る海の数も限られています。バスで丘を一つ越えた最寄りの海は暗緑色にうねっていて、写生大会では船を描いておかないと原っぱにしか見えません。紙に描いた海よりも筆を洗ったバケツの水の方が実物に近い有様です。漁港へ行けば汚れた泡と油のにじむ水面に腹を出した魚が浮かび、県内屈指の海水浴場ですら濃紺色で足元のクラゲも見えません。これが昔は白砂青松と呼ばれ素手で魚を捕まえられるほどだったというから、大人達はなんと罪深いことをしたのでしょう。そのくせ子供には海を汚すなとか緑を大切にとか高圧的に説教をかましてくるとは。もう、勉強も宿題もしたくありません。よくよく考えれば周りを汚れた海に囲まれて、どうして幼児は海の色に青のクレヨンを選ぶのでしょうか。そこには洗脳とはいわないまでも大人達への忖度の匂いがします。一度、どうしてもプライベートで海の魚を捕りたくて、遠足で訪れたことのあった電車で１時間ほどの潮干狩り場に車で連れて行ってもらった時も、小雨の降りしきる中、水に溶ける虫取り網をボロボロにしながら、やたらめったら漁りましたが、あんなに浅瀬にいっぱいいた小魚もカニも潮が満ちれば”さかな”の”さ”の字も見透かすことができないのでした。こうして透明な海は生涯のあこがれに変わりました。この世のどこかには存在するらしいが、いったいどこにいけばそんな海があるというのだろう。ただ明確にいえることは、もっと家から遠く離れないとダメということだけです。まだググることもできない時代でした。そんな折、夏休みに九州の田舎に帰った際、ふと、こんなに離れた土地ならば透明な海があるに違いないと思いつき、遠くから訪ねてきた特権を駆使して海水浴場へ車を出してもらいました。お盆で集まった親戚の子達を無理ヤリお供にして車に押し込み期待は高まる一方です。きっと魚などは岸から手に取るように見えるに違いありません。しかし、連れてきてもらった海水浴場は、自分ン家の海水浴場と変わらない磯臭い真緑色の海でした。田舎の貴重な時間を割いてわざわざ平凡な海に来たダメージは相当でしたが、親戚の子達をダマクラかして連れてきてしまった手前、内心を悟られないようハシャいで不透明な海に入ると数mもいかないうちに海底に固まっていた貝殻やらガラスの塊に足の裏を嫌というほど切ってしまうのでした。こんなに遠くにきても理想の海はなし。最後の楽園とやらがある海外へは、そもそも簡単にはいけない子供の辞書にはなし。コップにすくえば透明な海水もたくさん集まれば青緑色になる、それが海。そう思うしかありません。こうしてエメラルドグリーンの海は都市伝説に変わったのでした。
中学、高校に上がると行動範囲が広がりましたが、釣りにハマり、透明な海探しは後回しになりました。それでも竿を振るのは魚が見えない絵の具のような海ばかり。大学生になると少しずつ旅をすることを覚えましたが、行く先々に青くてもエメラルド色の海はありませんでした。
そしてついに、社会人になって行動範囲の制約がなくなると、晴れて夢の沖縄へ。しかも行くなら海の美しさでは誰もが太鼓判＆お墨付きの石垣島に一足飛びです。5月、海開きはしたものの、まだちょっと水温が冷たい季節。ここでは日本の海の法則が全く通用しませんでした。波で砂を巻き上げ、透明度はないにもかかわらず、そこらじゅうの海の５０mほど先が青緑のパステル絵の具を流したように怪しく浮かびあがっています。それは不気味さすら感じました。ひょっとしたら目の前を数匹泳いでいる、この鮮やかなコバルト色の魚が沖で群れているからなのでしょうか。当時まだマリンアクアリストの知識がなかった時代です。川平湾は写真とは違い、外海に通じていて意外に濃い青色が目立ちました。玉取崎ではサンゴ礁が見渡す限り広がり海藻の切れ間にパステルカラーの青や緑が鮮やかにグラデーションされた海が静かに横たわり、竹富島の漁港では太陽が湾内に乱反射して全体が蛍光塗料を流したように黄緑色に光っていました。南国の海の表情の豊かさには感動しきりでしたが、理想としたエメラルドグリーンの透明感とは違っていました。何より印象的だったのが眼下に広がる広大な遠浅のサンゴ礁の美しさとは対照的にひとっ子一人いない海の寂しさでした。所詮、楽園とは人が共存することが許されない聖域なのでしょうか。いつまでも見ていると、やがてため息しかでてこないのでした。大人の階段を着実に登ってきた今となっては、もはや自然のために人を廃絶する思想は淘汰されていました。いくら綺麗でも無機質では仕方がありません。とすればこの石垣島の海の寂しさが、楽園であるエメラルドグリーンの海に対する１つの結論でもありました。ここで理想の海探しは一旦幕引きとなったのでした。
それから１０年以上の月日が流れ、日本に別れを告げる日の２週間前、マリンアクアリスト生活に決着をつけるべく、魚の体力を考えて、やむなく訪れた初めての沖縄本島。レンタカーで空港にほど近い海の側を通ったところ、石垣島でも見つけられなかった光景がふいに目に飛び込んできました。海岸全面が淡いエメラルド色の海が、人里を離れるどころか、住宅も工場もあるような街中にあろうとは。やはり南国の海は常識が一切通用しないようです。最終目的地の本島中部の残波岬は期待を裏切りませんでした。人の営みとともにあるエメラルドグリーンに透き通る海、まさに楽園です。日本を離れるのがますます惜しくなり、それから残波岬は心の故郷になったのでした。今では２００年を待たず全国的にも海や川は元の姿に戻りつつあるように感じます。気のせいか、あの汚かった漁港も今ではうっすら海底がうかがえるし、大きなチヌが悠々と泳ぎ回る姿も見せてくれます。電車から見える瀬戸内海は太陽に照らされて紺碧に輝いています。さて、はたしてこの光景はいつから見えるようになったのでしょうか。ただ大人に忖度していた曇った目で気づかなかっただけで、案外、子供の頃からそうだったのかもしれません。

海の悪魔（２０１９年　令和元年記念号）
人は大人に成長するまでに数々の試練を克服しなければいけません。野菜嫌い、牛乳嫌い、勉強嫌い、お片付け嫌い、歯磨き嫌い、早起き嫌い、人前嫌い、挨拶嫌い、掃除当番嫌い、一番前の席嫌い、目を合わせて会話嫌い、大人嫌い、負けず嫌い等々キリがありません。ピーマンをガマンせずに普通に食べれるようになるのはいつのことだったでしょうか。連絡帳に何度注意書きされても宿題を忘れていたのが名門校を目指してガリ強できるようになるのは一体どういった心境の変化だったでしょうか。男同士つるんで仲のいい男女をからかっていたのがカノジョと二人っきりでコッソリ逢いびきするようになるのは一体何がきっかけだったでしょうか。人の性格、力量は千差万別ですべての試練を乗り越えられるとは思えないのに、世の中の乱れがこの程度で済んでいるのは奇跡なのかもしれません。活字嫌いもその一つです。活字離れはスマホやパソコンの普及率が８割を超える遥か以前、漫画の神様が降臨していた頃から若者の軟弱さを批判する大人の悪口でしたが、全人類の幼少は絵本から始まったはずで、素直な人ほど慣れ親しんだ絵本から、次に漫画やアニメに関心が向くのは当たり前のことで、米粒より小さい暗号（文字）で埋め尽くされた単行本やら新聞をストレスなく読む子供がいるとしたら相当の変態か、よっぽどのひねくれ者に違いありません。かくいう私も本のページを開いて挿絵がなかったり、アリンコ（文字）が群がっていると読む気も起こりませんでした。そのため週末、学校の図書室の貸出で８～９割が借りられてしまう『少年探偵団シリーズ』や『怪盗ルパン全集』などはほぼ読むことがなく、毎週の図書室での読書の授業では学年が上がるにつれて、挿絵の多い低学年向けの本を読むわけもいかず本探しにずいぶん苦労したのでした。
活字嫌いの子供にとって魚図鑑は貴重な魚の情報源です。色とりどりの様々な形をした魚がページにズラリと見た目に楽しいですが、皆一斉に右にならえで少々単調です。とりわけ盛り上がるのは深海魚のコーナーで、ホウライエソやフクロウナギ、ボウエンギョなど、目やアゴが極端に発達し、流線型を無視した奇怪な姿は空想の怪獣を連想させ、深海の過酷な環境と生き物の神秘をマザマザと感じるのでした。そんな中で、何気なくめくったページの一匹の魚に背筋がゾッとして慌てて本を閉じてしまいます。それはマガマガしい人の顔をした魚。魚の頭部に人の顔の模様がついているあの人面魚ではなく、もちろん上半身ハダカの麗しの人魚でもなく、ただ人面のみです。顔の耳に当たる部分に胸ビレがついて、頭頂部には申し訳に尾ビレがついています。顔だけで生きているとはもはや怪獣を通り越して妖怪か幽霊の類でしょう。その人面というのが恐ろしく、押しつぶされたような扁平な顔に、虚ろな目が恨めしそうにこちらを見つめ、短いアゴヒゲがぐるりと覆い、薄く開いた巨大な口が耳まで裂け、薄い唇の下からトゲのような歯が無数に生えています。想像する中で最も凶悪な連続強盗殺人犯の顔がそこにあるのでした。認めたくありませんが図鑑なので地球にリアルに生存しているのでしょう。うっかり遭遇しない情報を得るために勇気を出してまた同じページを開きます。ページの上段に載っている鯨と比較してみるとあの裂けた口で大人一人二人はペロリといけそうです。絶望的な大きさ、いや、別のページに載っている真鯛で鯨を比べると縮尺が少し違うのかもしれませんが、可能性は捨て切れません。２００mあたりの海底に住むとあり、こんなのが海底からこちらを見ていると思うと１mも海を潜りたくありません。それでも深さが２００mもある沖に行くことも滅多にないのでまだ安心かと思いきや、続きのコメントに、夜になると海面に上がってきて海鳥を襲うとあります。行動力も供えているようです。夜、海岸を歩いていると４、５mもある巨大な顔面が浮かび上がってくるシーンを想像し、もう海に近寄ることも憂鬱になってきました。これは深海の闇から生まれた悪魔の類に違いありません。その名前を確認すると『アンコウ』とあります。ハテ？、アンコウとは深海のページにもあった、アニメや絵本でおなじみの鼻先に提灯をぶら下げて魚が集まってくるのをのんびり待っているユーモラスなチョウチンアンコウと同じ名前です。こんな凶悪なクリーチャーとあの愉快なオットリくんの名前をかぶらせるとはなんという不手際でしょうか。確かに世間では大人の勝手な都合や無責任な行いでいろいろな矛盾や軋轢が生じていることはカネガネ感じていたことなので不満ではありましたが、ここは教育委員会に訴えることはせず、ニュースで『海底の悪魔『アンコウ』を捕獲』の報道がいつあがるかとビクビクしながら待っていたのでした。
そういう意味で、本は最も身近で最もリアルなホラーといってもいいでしょう。アンコウに限らず、退屈で何か面白いことが載ってないかと無防備に知らない本を開いて後悔することは多々ありました。特に小学校の図書室の本は、挿絵も大衆的とは違ってゲイジュツ的と云うかブンガク的なものが多く、中にはデフォルメが過ぎて気味の悪いものも多いのでした。そんな時はその本のある本棚に近寄ることも避けていましたが、一度などは友達の姉の部屋でトラウマとなったホラー雑誌を、数年の時を経て、親戚の姉の部屋の片隅で偶然同じものを読んでしまった時は、あまりのショックで記憶を心の底に封印してしまい、それがどんな絵？だったのか今でもよく思い出せません。
さて、その後何年も、待てど暮らせどニュースも動物番組でさえ例の悪魔が取り上げられることはありませんでした。もはや、すっかりブンガク的挿絵嫌いを克服した頃に、ニュースでとある市場の美味しい冬の魚の紹介をおこなっていました。アンコウ鍋という響きに過去の記憶が符合して、あの魚図鑑を思い出しました。もしやマボロシだったあの悪魔の正体だろうか？ついに連続強盗殺人犯の現行犯逮捕の瞬間がやってきました。テレビをみるとそこには木組にヒモで吊るされた白っぽいズタ袋のような物体が映っていました。なんでも「アンコウの吊るし切り」といって料理人が包丁一本で宙吊りにしたアンコウをさばくのだそうで、海の凶悪犯は吊るし首どころか、手足を切り取られ、皮を剥がれて、見世物にされた挙句、肉と内臓をバラバラに人間の食材になるというのでした。そう報告する特派員の足元のタライには水揚げされた５０cmぐらいのアンコウが数匹映っていましたが、確かに外形はあの図鑑のアンコウに間違いないようですが、全く凶悪感が伝わってこず、悪魔でもなんでもない、つぶらな瞳、しゃくれた口のブサイクなオットリくんにしか見えません。どうも図鑑の魚は写真でなくイラストだったようで、ある水族館の展示で、写真の発達していなかった昔から海洋学では絵描き職人が船上で魚を精密に描写していたらしく、その過程でリアルを追求するあまりグロテスクにしすぎたようで、その展示で久々に例の悪魔と寸分の違わないイラストと再開したのでした。さしずめ特徴を誇張しすぎた犯人のモンタージュ写真に恐怖を募らせていたということでしょう。アンコウは捨てるところがないほどの美味しい魚で、内臓はあん肝といってホアグラに勝るとも劣らない一品で、この時、醜い魚ほど美味しいという言葉を知ったのでした。大人になって結婚披露宴だか高級料亭だかで小鉢に入ったあん肝とも出会ったような気がしますが、どうも小洒落ていてあのイラストのインパクトに味が追いついてきませんでした。いつかアンコウの本場で吊るし切りとアンコウ鍋コースを体験してみたいです。

※イラスト：Frame illustより ( frame-illust.com )

毛ガニ（２０１８年　平成ラスト号）
友人の車に乗り込んで北海道を一周した学生時代の夏休み。立ち寄った長万部のサービスエリアで味見した毛ガニの小さなキレッパシはそれまで持っていたカニの概念が変わるほど美味しかったのを覚えています。甲殻類のくせに哺乳類のように全身を覆っている短い毛はトゲトゲしいですが、歯ブラシの毛のように案外柔らかく指に痛くありません。『毛ガニ』とはよくいったものですが、一方、対照的な場所にある沖縄のビーチにはもっとモジャモジャの毛で覆われているカニがいて、こちらは『毛深ガニ』といい初めて聴いたときはネーミングセンスに感心したものでした。さらに、この毛深ガニは毒を持っているそうで、美味しい毛ガニとは対照的なところをみると、毒以外にもブラックなユーモアまで持ち合わせているようです。
子供の頃のカニは食の対象ではなく、海のアイドル的存在でした。運動神経のない子供にとって、遠足の潮干狩りで海の生き物を採れるとしたらカニかヤドカリぐらいなもので、特にカニは甲冑を全身にまとい、ハサミというイカツい武器を両手に振りかざし、８本の足で動く姿はロボットを思わせ男の子心をくすぐります。そのくせぴょこぴょこ飛び出す目や、慌てて口から泡を吹き出す仕草にギャップ燃えるのでした。いろいろな生き物の中でカニについてだけは、大きい方が厚みがあってカッコイイので、より大きなカニを探してひたすら浅瀬の石をひっくり返しますが、大きいカニほどすばしっこくて大きな岩の下に隠れるもので、非力な自分を嘆きながら、岩の影から覗く立派なカニの足を恨めしく見つめたものでした。ハサミの攻撃におっかなびっくり苦労して捕まえた小ぶりのカニたちを砂と一緒に、昔は靴下と同様に水を入れると２時間と保たないビニール袋を何枚も重ねて苦労して持ち帰り、夜にバケツの中の戦利品を誇らしく眺める喜びは、まさに『海の宝石箱や～』です。しかしその宝石の輝きはいつも１週間と続くことはありませんでした。そんなわけで、食材となった動かないカニなどにはなんの興味もありませんでした。たまにお歳暮などで生きたカニが届くことがありましたが、さすがに、その一匹を譲り受けて水槽で飼うような無謀な考えは卒業していましたが、足をがんじがらめにされて水どころがオガクズに放り込まれ何日もの雑な運搬の中で生きているカニは哀れを通り越して不気味さすらありました。魚介類が嫌いだった当時の自分にとっては、カニは小骨や背ワタがないだけマシぐらいな程度で、親戚と山陰か北陸だかの民宿でカニ鍋を食べに行った時も、大広間にたくさんの家族がそれぞれのテーブルに置かれた大きなカニ鍋を一心不乱にしゃぶりつく姿に、斜に構えてどこかメディアに踊らされている庶民の縮図みたいに感じていました。時間はかかるし、散らかるし、手はべとつくし、かじってもほじっても身はちょっとずつしかでないし、なんでこんな食べにくいものをありがたがっているのだろうと不思議に思うのでした。
加古川にいた、ある夏も終わりの頃、ガキ大将グループに連れられて、足を伸ばした川に遊びに行くと、先発隊がやけに活気付いています。バケツをみるとなんと手のひらぐらいある大きなカニが何匹も入っていて、川の中はカニだらけだと興奮しています。その川に限らず普段、川でカニをみることはほぼなく、カニといえば海の生き物という認識で、例外として憧れの赤く綺麗な『サワガニ』がいるのは知っていましたが、もっと上流の山中の渓流にしかいないと思っていたので、一体どんな奇跡が起こったものかと大喜びでした。早速裸足になって膝下ぐらいの川に入ると、あちらこちらから歓声が上がます。１０mほど川幅に１mと間を置かずカニが群れているようです。ずんぐりむっくりで暗い緑色の甲羅、特徴的なのはハサミの部分だけモコモコの毛が生えていて、こんなカニは今まで見たことがありませんでした。普段なら誰がもらうか権利を主張してケンカになるところですが、今日は平等におこぼれにあずかれます。自分もその一匹もらいました。海ですら採れない立派なサイズで、しかも川のカニなら水道の水でも飼うことができます。早速、家に持ち帰ると庭に転がっていた炊飯器の鍋に移してカニが弱らないように最新の注意を払いました。鍋の底でジッとしているカニの様子を見ながら、カニのくせに毛が生えているなんて、これはすごい珍しいカニで、ひょっとしたら新種の大発見かもしれません。ところが急に家族ぐるみで泊りがけで出かけることになり、カニが猫や鳥に襲われないように鍋の上に木のフタをして石を乗せておきました。もちろん呼吸する隙間も忘れません。家に帰ってきて一番にカニの無事を確認してみるとカニの姿はどこにもありませんでした。襲われた様子はなく、どうもフタの隙間から逃げ出したようです。必死に庭や側溝、犬小屋まで探しましたがついにカニの姿をみることはありませんでした。大きなカニはロボットよろしく重戦車で、普段は水の底で猫かぶっていますが、活動時間になると疲れ知らしずで動き回りちょっとやそっとの水槽なら器用に足を伸ばしてわずかな隙間でも逃げてしまうヤンンチャな性格だと知ったのはその後のことでした。大発見の貴重な宝石を１日で失ってしまった落胆といったらありませんでした。
それから時は流れて、秋田でのある夏のこと、バーベキューだ鍋っこだで常に忙しいアウトドア人間の友人達が、毎年この時期に海でやっているイベントがあるからと気まぐれに誘われて指定された場所にいってみると、そこは河口の隣の何もない砂浜でした。そこで紐や糸がグチャグチャグに絡まり合った平たい綱に魚の切身をくくりつけ、をれを友人がパンツ一丁になって海の中にザブザブ入り沖の方に放り込むと、そのまま砂底をさらってハマグリを採り始めました。なんともワイルドなイベントに唖然としていると、火起こしも終わり、そろそろいいだろうと、先ほど投げ込んだ綱を引っ張りあげると、そこには手のひらサイズの赤褐色や黄褐色のカニが４、５匹くっついていました。それはカニを採るためのシンプルな罠で、イベントとはこの時期取れるカニの鍋パーティーなのでした。よく見るとそのカニのハサミはモコモコの毛に覆われています。その時、忘れていた子供の頃の記憶が瞬時に蘇りました。色や体格がやや違いますが、たった１日で忽然と消えてしまったあのカニに違いありません。後で調べてみるとそれは『モクズガニ』という回遊性の普通のカニで晩夏から秋にかけて繁殖や越冬のため海に下るのだそうです。感動の再会もつかの間、友人は水を煮たせた使い古しの空缶に、そのカニを無造作に放り込んでしまいました。茹で上がったカニを食べる端から、新しく罠にかかったカニ達を次々と鍋に放り込んでいきます。そして今年は数が少ないとか小ぶりだとかと、獣のように美味しい部分だけを食い散らかして、どんどん鍋を空にしていくのでした。それを見て何故あの時カニが一晩で鍋を脱走したかわかったような気がしました。古い記憶のカニの再会よりも、エネルギッシュな秋田の野生児の姿に釘付けで声も出なかったのでした。

夜の便り（２０１８年　茶摘み号）
四月の秋田は冬の気配が完全に消え、ようやく雪の心配もなくなり、日中は陽の力強さが日に日に増して、ショッピングセンターの駐車場の片隅でヤサグレている除雪の残山の息の根を止めようと必死ですが、陽が落ちると途端に押さえつけられていた冷気が元気を取り戻し、なかなかコートが手放せません。そんな会社からの帰宅の途に何気なく車のウィンドウを下ろすと、冷気に混じってカエル達の大合唱が聞こえてきます。五月の田植えの準備で水を張っている田んぼのパーリー会場をカエル達が目ざとく見つけて一足先に自分達の春を謳歌しているのでした。まだ息も白い夜空の下、毛皮もない薄皮一枚でよく歌えるもんだと感心しきりです。ひょっとするとあまりの寒さにヤケクソになっているのかもしれませんが、このヤケクソは月末に控えている桜前線よりもはるかに心に響く春の便りなのでした。
物心つく頃から、ケロケロ輪唱する「カエルの歌」よりも、リアルなカエルの歌が好きでした。神戸の実家でも初夏から夏の終わりにかけて、深夜、山のゴルフ場の池から、時々風に乗ってかすかに聞こえてくるカエルの歌声は、山からの涼しい風と共に鉄の雨戸を揺らして鈍い金属の音に混じってシンシンと心に響きます。九州の祖父の田舎では街灯のほとんどない谷間の山村にカエルの合唱が響き合い優しく包み込まれる真のドルビーサラウンドシステムで、それは十数年ぶりに訪れた昨年も子供の頃の記憶と少しも変わりません。欧米人はよく虫やカエルの鳴き声は雑音としか識別できないと聞いたことがありますが、そんな情緒のない連中がアカデミーやグラミーを総ナメにするのは理解に苦しみます。とはいえ日本でもリラクゼーションとして野鳥や秋の虫、小川のせせらぎのCDや睡眠導入アプリはありますが、カエルの鳴き声はついぞ見たことがありません。同様に、春の夕暮れには１年のうち１回か２回、無風で地上が宇宙とつながったように空気が澄み渡り、寒くもなく暑くもない最高の瞬間があります。青紫のグラデーションの空に街灯が灯り、土と新緑の香りが立ち込める中、あたりの草むらから「ジー」という音が湧き上がってきます。それはまるで大地から春が吹き出しているかのようで心の中にも染み入り、地球に生まれた幸せを感じさせてくれますが、これは多くは「クサキリ」というバッタや「おケラ」の鳴き声なのでした。大学生になってすぐ、見知らぬ土地でまだよく知らない先輩達と部活の帰りに学裏に夕食に連れられていった時、緊張と不安の中でこの瞬間に立ち会ったことは今も心に残るシーンです。こうしてみると生き物にとって夜は色のないぶん、文字通り「音色」を自己認識に用いている訳ですが、それは種の枠を超えて夜の便りとして日本人のアイデンティティーをも担っているのでした。そして姿の見えない方が表現が過激になるのはカエルも現代人も変わりません。ちなみに一番好きな夜の便りといえば「ヨタカ」です。まんが日本昔話の中で人里離れた寂しい夜のド定番の効果音でしたが、実家では年に１度か２度、初夏の深夜にこだまする「キョ、キョ、キョ、キョ、」という鳴き声は寂しさ以上に日本のワビ・サビを感じずにいられません。大学以降、実家を離れてからは一度もナマで聞くことがなくなってしまい時々無性に聞きたくなる時がありますが、この渡り鳥は醜さや娼婦の隠語としてあまりいい意味に使われないので、不本意ながら、うっかり人前でナマとか恋しいとか口走らないようにしています。そんな訳で、子供の頃から季節のウツロイやら日本のフゼイやら考えたおかげで、小学生時代の後半は人や現代文明よりも自然や古風なものを愛し、図工の時間では山々の連なりとか、海に沈む夕日とか、山里風景なんかをモチーフに描くようなジジむさい小学生になっていました。そんな浮いた人間の存在を素直で真面目なクラスメイトの多くは受け入れてくれ、数名はちょっと疑いながらもからかい混じりに黙認してくれました。個性をバカにしない学校方針のたまものですが、一番笑っていたのは他ならぬ担任だったように思います。小学生フゼイが不釣り合いな背伸びをして日本のフゼイって・・・と感じていたのかも知れません。これは確かに後々、方針の及ばない人達との温度差に赤っ恥をかいたり、足を引っぱられることになるのですが、ひとえに思春期、今でいう中二病の走りだったのでしょう。本当に中学に上がり、授業がガラッと変わって「数学」や「化学」「美術」といった背伸びした呼び名になり、その中で新しく加わった科目に「古典」があります。その最初授業が「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく」で始まるご存知「枕草子」でした。キャリアウーマンで意識高い系女子の清少納言がＳＮＳ的に綴ったエッセイ集で、何がそんなに「おかし」いのか古文でよくかわりませんが、そこには四季を通じてとても情緒や風情のあるものを挙げているらしいことを知り、自分が感じているようなことを、すでに千年も前に残している人がいることに驚きと親近感を持ちました。まだ食料もインフラも十分ではなくその年を生きるのに精一杯なはずの時代にフゼイって・・。面倒臭い古文に苦戦しながらも、息を呑んで授業の進行を見守ると、春は夕暮れのカエルやおケラどころか、夜明けの景色が良いとあります。その頃といえば、春眠暁を覚えずどころか年中早起きには無縁で、親がいいかげん怒りだすギリギリまで寝ていたい体質だったので、到底、日の出の朝焼けはマニアックすぎて共感に至りませんでした。やはり当時のバイタティリーと自然との距離に太刀打ちできるはずもなく、古典への開化の道はあっけなく閉ざされたのでした。
さて、現代文明に戻って静岡ではというと、知人を訪ねて瀬戸川の上流の、とあるイベント会場へいったところ、カジカの歌を初めてナマで認識しました。それまでは聞こえていても気づかなかったのかもしれません、「フィ、フィ、フィ」と金属音にも似た透明感のある声が川辺のあちらこちらから聞こえた時、カエルらしからぬ鳴き声というキーワードを思い出し、やっとこれが野鳥や秋の虫の愛好家も一目置いているあのカジカガエルかと思いついたのでした。その時は急ぎの用事でトンボ帰りでしたが、今年はスマホのボイスレコーダーを持ってじっくり探索したいと思います。

オオサンショウウオ（２０１７年新春・酉年の号）
オオサンショウウオは両生類の中では世界最大の生き物で、日本の川に生息しています。ウオといっても魚ではなく、簡単にいえばイモリの大きいのですが、最近はイモリ自体もなかなかレアなので、もっと大雑把にいうと水中で暮らすトカゲのでっかいのです。どれだけでっかいかといえば最大で1.5mもあるというので、そんなのとその辺の川でウッカリ出くわした日には川恐怖症になること間違いありません。といっても個体数は少なく、きれいで豊かな川に住み、昼は水中の穴の中でひっそりニートしているので、水族館以外では、ほとんどお目にかかることはないようです。漢字で”大山椒魚”と書くのは皮膚から香辛料の山椒の香りがするそうで、その茶色のぬるぬるイボイボした皮膚や、のっぺりした大きな頭と横まで裂けた口は女子ウケは最悪ですが、そこを我慢して、ツブラなヒトミや赤ちゃんのような小さな手でヨチヨチ歩く健気な動きに気がつけば案外愛嬌を感じる人も多いのではないでしょうか。おそらくオオサンショウウオについて初めて耳にする有名なエピソードといえば中学ぐらいの歴史の授業で、江戸時代にシーボルトが日本から母国オランダに生きたまま持ち帰ったことで、それまでヨーロッパではノアの箱船に乗りそこねた伝説の生物の化石とまでいわれたものが、２０００万年も前から同じ姿で生き残ってきた貴重な生物の証拠として世界に知れ渡たることになり、これをきっかけに田舎の貴重なタンパク源から国の特別天然記念物として大切に保護されるようになったことでしょうが、自分とオオサンショウウオとの出会いは、歴史の授業よりもっとさかのぼった、小学校１年生ぐらいの頃に買ってもらったゴムのおもちゃがきっかけでした。
当時のゴムのおもちゃといえば、ヘビとかゴキブリとか、主に人を驚かせて楽しむイタズラ道具として定番でしたが、イタズラとしてはびっくり箱やブーブークッションに比べてはるかに低レベルなのはもちろん、おもちゃのクオリティーの低いことといったらありませんでした。家にはどこかの縁日で買ってきたようなゴム製のクモがありましたが、丸いゴムの固まりに細長いゴムヒモが左右に４本ずつくっついただけの形を、なんとかクモに似せようとペイントでごまかしたシロモノでした。視界の端っこに映ればかろうじて見間違えなくもない程度なので、世の悪ガキ達はそれを相手の目の前に、ほとんどぶつける勢いで突き出して驚かすのですが、現代では、つまんでポイされるどころか、冷ややかにスルーされたあげくツイートで火あぶりの刑に処されるので、そう考えると悲鳴をあげてくれていた当時の女子がいかにやさしいのかをシミジミ感じさせられます。とにかく、現代のホンモノ思考はコンピューターの発達以上に目覚ましいといってもいいほどで、フィギュアにかぎらず衣・食・住の全てにおいてホンモノ・良質を追求し、全ての人に提供してくれます。４０年前、町のイベントで１２５ｃｃにまたがるディテールの曖昧な仮面のヒーローだったり、トーテムポールみたいな名前しか似ていないマジンガーもどきのソフビだったり、顔のバランスが崩れて青いおじさんになっているネコ型ロボットのシールだったり、インターネットどころか専門誌もなかった時代、中小企業のオヤジ達が、たよりない絵心とおそまつな加工技術を頼りに、子供達の期待とは裏腹に、当面の食いブチを探してひねり出した”ばったモン”であふれていたのでした。アミューズメントもしかりです。キャラクターのテーマパークなどはもちろん大型の遊園地とも無縁で、デパートの上だったり、何年もアトラクションが変わらない地方の遊園地が、子供の特別な休日だったのでした。
その日は、前々から遊園地をねだっていて、しぶしぶ母親がご近所のママさんをみちづれに、動物園と遊園地がくっついた姫路の公園に連れて行ってくれました。あいにくの小雨に人も動物達もまばらで、それでも大好きなコーヒーカップに乗って上機嫌で、”また来ようね”という云わなきゃいい親のウソを無邪気に信じ、ふと、雨宿りに立寄った売店に入りました。そこは動物園併設とあっていろいろな動物のおみやげがならんでいました。今でいうフィギュアに近いもので、おもちゃというより教材といった感じで、そのクオリティーの高さに目を奪われました。しかし、それまでの豊富な人生経験で、こういう旅先で親がおもちゃを買ってくれることはほとんどないことを悟っていたので、物欲に焦れることもなく清らかな好奇心で見学していました。すると、どういう風が吹き回ったものか、親の方から何か記念に１つ買ってあげるといいます。突拍子もない提案は返って人を不安にさせるもの。１つとは、あの上の棚にある特大のトラでも許されるのか、それとも手前の棚にあるムカデやサソリといったグロイ生き物でも快く買ってもらえるかしらと攻めあぐねていると、これはどう？と何気なく勧められたものは、おなじグロイ棚にあった、手のひらサイズの灰色のゴム製で、体をリアルにＳ字にくねらせた見たこともないトカゲでした。やたらと胴体が太くて扁平なので、きっと、ゴム工場のおじさんが手違いでつくってしまったノアの箱船に乗りそこねた？架空の生き物だろうと思いました。それでも見ているうちに皮膚の質感がリアルで、なんとなく怪獣っぽいカッコよさに惹かれ、何より子供が夢中になるものや遊びに全く関心をしめさず、クモだろうがニセモノだろうが遭遇しても声どころか眉一つあげないで家事をこなす母親が直々に選んだことが新鮮で、勧められるまま買ってもらったのでした。それがオオサンンショウウオという日本にしか生息していない、世界でも貴重な生き物と知ったのは、だいぶ後になってのことでした。そのときはとても誇らしく、そのゴムのおもちゃに、より愛着がわいたのでした。そのゴムのおもちゃは人こそ驚かすことはありませんでしたが、母親に孫ができるまで、圧倒的なクオリティーでずっとおもちゃ箱の重鎮となりました。今思えば、あの時、母親はオオサンショウウオと知って買ってくれたのでしょうか。その答え合わせはまだ出来ていません。

鉄火巻（２０１６年おしずか号）
街道沿いにはファミレスと並んで、御殿のような回転寿司が店を構え、スーパーにはもちろんコンビニにいけばいつでもパック寿司が手に入ります。和食が世界文化遺産となる前から、寿司は世界中どこへいっても何かしらありつけることができる世界共通のグルメとなっている今の世の中です。しかし、そんな寿司も今から40年くらい前はまだ大人の食べ物でした。当時はそれほど冷凍技術や流通システムが発達していなかったのか、あるいは寿司のマネジメント効果がまだ解明されていなかったのでしょう。普段の生活で寿司にありつけることは滅多になく、父親の同僚達がマージャンをしに家を占拠しに来たときとか、遠くの親戚が２、３家族ぐらい一度に訪ねて来た時とか、そんな外ヅラや体裁を気にするときに出前をとるものでした。御多分に漏れず自分もこの大人の食べ物が大好きでしたが、お客さん用なので自由に食べられる訳ではなく、１人前を兄弟で分けたり、他の料理のバランスで間引かれたものを食べたりで、唯一たらふく食べられるのは、お盆に祖父母の田舎にいった時ぐらいでした。線香の堅苦しい香りは苦手でしたが霊前の挨拶が終れば昼間から宴会です。５～６家族ぐらい集まるので、フスマを外して大広間にし、３つ４つをつなげた長テーブルに、近隣のお客達の席、酒ばかりの父親達の席、おしゃべりばかりの母親達の席、そして、食べるばかりの子供達の席があって、いろいろな郷土のごちそうが並びます。その中にひときわ巨大な出前の寿司桶が、各テーブルにデンと１つずつおかれます。あの円い木をくり抜いたような無愛想な厚ぼったい赤い桶に、赤、白、黄、色とりどりの寿司が整然と盛り付けられている姿を見るといつになくコーフンしたものでした。トロやウニ、イクラといった高級なネタなんてなくて、マグロ、イカ、タコといった並にぎりですが、寿司がある限り、いつまでも食べることができました。ときどき容赦なく鼻に襲いかかるトラップも寿司職人の粋な演出として、逆にお洒落で大人の仲間入りをした気分になっていました。５～６家族だと子供の数も、ちょっとした田舎の教室のようで、子供達の寿司桶は早々に空になり、いつまでも酒や話に夢中な大人の肩ごしから、虎視眈々とスキをうかがっているのでした。偏食の多い子供時代、これほどたくさん食べられる魚料理は他にありませんでした。魚料理とは、生臭く、グロテスクで、どんなに小さくほぐしてもイヤというほど口を小骨に刺され、夜は咽に引っかかった骨が気になり眠れない食べモノで、もうほとんど、人生を途中で奪われた魚達の呪いに違いないのですが、そんな小言に対し、大人は骨なんか気合いで噛み砕けとか、背骨以外は頭も残さず食べるものだと聞く耳をもちません。それは、寿司の仲間と思われる刺身でさえ例外ではありませんでした。今思えば、魚をさばく技術が全国に浸透していなかったのか、小骨のついた身もモッタイナイ精神が許容してしまったのか、あんがい高度経済成長期の人口爆発のさなかで、スーパーに採用されたネコやシャクシが生鮮食品売り場で一人前を気取って好き勝手に包丁をふるっていたのかもしれません。新鮮な刺身の小骨は粘り強く弾力があって、破壊力は焼魚や煮魚のそれの比ではありませんでした。そんな中で寿司だけは、なぜか不快に思うことなく美味しく食べることができたのです。ときどきワサビを仕込んでチャメッ気は出しても、小骨は出さない寿司職人の粋な心意気に子供心に感動したのでした。
神はそんな寿司好きの気持ちをくんでか、普段の生活で寿司を食べる機会を何度か与えてくれました。家計に負担がかかるので、家族全員で寿司屋にいくことは、まずありませんでしたが、ある時は子守り番の父親が、また、ある時は買い物帰りの母親が、二人っきりのときに、すっと寿司屋の暖簾をくぐってごちそうしてくれました。末っ子の役得なのか、親が１人で寿司をつまむのもハバかられるので末っ子を共犯者にしたてたのか微妙なところですが、こちらにとっては恐悦至極です。神様の気まぐれへの感謝と他の兄弟への後ろめたさがごっちゃになって、奇妙な気分で寿司屋に入るのでした。当時の寿司屋はたいてい地味で、あか抜けない引戸の入口で、店内といえば、カウンターもテーブルもイスも窓でさえ、四角と直線のみで構成された堅苦しくい木製の作りなのでした。そこに酢飯のツ～ンとする香りにまじって、どこかピーンとした緊張感が漂っていて、その雰囲気にこちらも飲まれそうなところで、これも演出なのか、ずっしりと分厚い巨大湯飲みに入れたお茶の美味しさに癒されるのでした。親は、財布に遠慮してしるのか、末っ子を主犯格にしたいのか、自分には並の寿司を頼んでおいて、末っ子には上にぎりにするか、上ちらしにするかと気前よく勧めてきます。当時は並のにぎりでも千円以上して１０～１２カン、上にぎりだと２千円近くして１０カン。ネタがよくなるのでその分、数が減るのですが、食い意地のはった子供にとっては意味不明です。こんな二度とないチャンスに１０個ぐらいでは満足できない、なんとか１つでも多く寿司に触れ合える方法がないものかと、唯一の手がかりである”おしながき”に必死にヒントを探しました。すると、メニューの後ろの方に写真が付いていて、円い寿司桶に１６個、いや２０個はありそうな赤くて四角い芯のある小さなのり巻きが８００円とあるのを見つけました。お盆の寿司桶にもありましたが、箸休め用と思えそうな、もっと細くて、いつもカッパ巻きやタクアン巻とセットになっている巻寿司で、赤い芯はマグロの切り身です。箸休め用とはいえ、のりとマグロと酢飯の風味が絶妙で、ヘタな握り寿司よりも早くなくなる寿司界の名脇役でした。それが単品で、主役のにぎり寿司セットと同列で扱われているのを初めて知りました。ちゃんと名前があって”鉄火巻”とあります。初めはなんと読むのかわかりませんでしたが、おおよそ魚には似つかわしくない名前です。しかし”鉄”に”火”とは、なんと強そうでカッコイイ名前でしょうか、一目で気に入りました。”てっかまき”名前の由来はすぐに察しがつきました。いろんな味のお寿司を１度だけ味わうより、好きな味のお寿司を何度も味わえる。それ以来、握り寿司より鉄火巻が好きなちょっと変わったありがたい子供として扱われたのでした。大人になると先輩や仕事の接待で寿司屋にいくことが何度かありましたが、大人の寿司の食べ方は、酒の肴や刺身ばかりで、最後のシメにようやく寿司をにぎってもらうのですが、こっちは酒と肴でお腹いっぱいで、ただの１カンも食べられないのでした。昔はあんなに箸の止まらなかった寿司ですが、寿司がどんどん身近になるにつけて、今では１０カンも食べればお腹いっぱいで感動も影を潜めます。パック寿司は子供のためにワサビが抜かれ、代わりにお好みでワサビの袋が添えられています。四角いカウンターの中で、出前先で鼻頭をおさえて悶絶している子供達の姿を想像してニヤリとしていた寿司職人は、もはや想像の彼方です。

悪夢と前世（２０１５年テト正月号）

飛行機の機内での電子機器の利用制限が緩和されました。電波を発しなければ離陸時もずっと使っていてもいいそうです。いままでケイタイの飛行機マークの存在意義がイマイチ分かりませんでしたが、ようやく活躍の場ができそうです。ひと昔前の航空会社の過剰なサービスが問題になって、機内での新聞や雑誌の配付が無くなり、飲み物もイネムリするとすっぽかされるようになって久しいですが、そんな退屈な空の旅の中で座席に備え付けてある機内誌は唯一ささやかな楽しみでした。今では機内誌といえば電車でもバスでも、ヘタをするとタクシーやビジネスホテルにさえ備え付けてあるようになりましたが、自分の中の機内誌といえば、やはり『翼の王国』です。特に独特の旅情を誘うコラムが好きで毎回その出来栄えが気になるもので、同じ月の中で出張が重なると、ずいぶん損した気分になります。『翼の王国』に「ミニチュア風」写真というのが挿し絵に使われています。今ではデジカメでも表現効果の一つの機能に数えられるようになりましたが、「ミニチュア風」写真というのは、一見すると中心にピントがあって周囲が微妙にピンボケしているだけのようですが、なぜだか建物や乗り物や人が、精巧に作られた模型や人形のジオラマのように見えるもので、本城直季氏が火付け役となって一大ブームになりましたが、下火になった今でも『翼の王国』では細々と続いているのでした。このちょっと不思議な写真を見ると、忘れていた子供の頃の”闇”の部分を思い出します。
それは当時、家族が口を揃えて自分の事を、寝ボケただけとマトモに取り合ってくれなかった、自分だけに起こる最悪の現象でした。それが病気なのか、症状名があるのかも知りませんが、その現象が起こるのが恐ろしくて、小学校の上級生頃まで１人で寝ることができませんでした。その現象というのが「目に映るものが全て遠くに小さく感じる」という症状です。簡単にいうと、たとえば、目の前のテーブルにコップがあるとして、それは１０cmぐらいの掌サイズで、手を伸ばせば普通に掴むことができるのですが、その症状におちいると、ビルぐらいの巨大なコップが数百メートル離れたところにあって、ちょうど１０cmぐらいのサイズに見えるところから離れて、見下ろしているように感じるのです。ちょっとその感覚が「ミニチュア風」の風景に似てなくもありません。なんだ、そんなことか！と思われるかもしれませんが、右も左も上も下も近くも遠くも目に映るものが全てそんな風に見え、その時に感じる疎外感や孤立感がなんともいえない恐怖で、それは死と同じ原始的な恐怖に近いものでした。それじゃあ目を閉じてればいいか！というと、目を閉じてもその感覚が残っていて、底なしの暗闇の中に引きずり込まれるような、また、真っ暗な宇宙空間に放り出されるようで、恐怖が倍増し、むしろ逆効果なのでした。そのため、その症状が現れた時は、明るい場所で目を開けて、少しでもマシに映る場所に目を向け、泣きながら必死に耐えるしかありませんでした。それに追い討ちをかけるのは、子供の夜が早いことで、目をつぶる恐怖から寝るのを拒否し、まるで船酔いした人のように部屋の隅でウツロに固まっているのを、家族は、気のせいにして、なんとかなだめすかして布団に誘導しようとし、大人も寝る時間を過ぎると、なんの打開策もなく、眠らないとダダをこねている子供に対する苛立たしさを隠しきれない姿に、正直失望したものでした。子供心に自分でなんとかするしかないと悟るしかなかったのです。熱も咳もなく、ただモノが恐ろしく見えるというヘンテコな症状は、何の証拠も残さず、子供の口では、その症状すら正確に言い表わすこともできず、もし世の中に悪魔がいるとしたら、きっとこんな風に完全犯罪で人を害するにちがいないと思うのでした。
この悪意に満ちた病状が発生するのは、いくつかのルールがありました。必ず夜のうちにおこること。朝になると症状がおさまること。何日も続けておこらないことです。ほとんど発作的におこることが多かったですが、なぜか九州の田舎から返ってきた晩や、特に、風邪をこじらせた晩は必ずといっていいほど、起こりました。熱、咳、咽の痛み、吐き気で、気分が悪くて、だるくて、布団の中でじっとしているしかないときに、死の恐怖と同様な感覚の症状に襲われるのですから、もうこれ以上の不幸といったらありません。部屋の暗がりが恐かったし、布団の暗がりはもっと恐いし、それでも必死に眠らないように耐えるのでしたが、熱で頭がボーとしてつい目を閉じてしまいます。そうすると待っていたとばかりに次の恐怖、悪夢を見せるのでした。それは夢というよりイメージに近いものでした。目を閉じた闇のなかは、ただの漆黒ではなく、なにかモノクロームの流動的な闇に自分が流されていくような感覚でした。例の恐怖の感覚の中、複雑に変化する流れの中で、突然、足下が割れて、穴に呑み込まれます。その穴の落ち込んだ先は、真っ赤なドロッしたマグマのような、また、エイリアンにでてくるオドロオドロしい臓物のようなところで、それは地獄を思わせる世界に間違いないのでした。その恐怖にわっと目を覚まして泣いても、しかし、どうすることもできません。そうしているうちに、また、気分の悪さに負けて目を閉じると、またその同じ悪夢にうなされては目を覚ますのを繰り替えすのでした。布団の中でただひたすら恐怖に耐えるのですが、皮肉にも、子供の夜は長いもので、いっこうに時計の針は進まず朝はこないのです。そのうち、その悪夢の続きさえ見ることがありました。マグマの穴に引きずり込まれたあと、暗闇がどんどんと濃くなって、黒が色ではなく、ザラザラとした質感にかわり、それはどんどん大きく、ゴツゴツ、角張った感覚にかわり、辺りはまるで火山の噴火口のような、殺伐とした世界にたどり着くのでした。それは生のない死の支配するイメージの世界で、意識はさらに何かに導かれるように、今度は上へ上へと登り始め、ゴツゴツした黒い質感が、反対に細かく滑らかに、白い質感へとわっていくと、それらが集まり、より高く、より細く、よりツルツルして最後には１本の白い光の筋となった静寂な世界にたどり着くのでした。それはさっきのゴツゴツした黒いイメージが地獄とすると対極のいわば天国のイメージなのでしたが、しかし、それは生の反対の死すらもない無味無臭の無機質が支配する世界なので、それがまた恐ろしくてしかたがありませんでした。そのイメージにいくら苦しみの叫び声をあげても、隣でねている親の舌打ちが返ってくるだけでした。布団の中でただひたすら朝をまちました。その時だけは一刻も早く医者にいきたい、大嫌いなはずの注射を早く打ってもらってすぐに治りたい。お医者さんと注射だけがこの世で唯一信頼できる救世主なのでした。夜があけたらすぐに医者につれていってもらおう、いや、すぐには病院も開いていないから１時間ぐらい待たないといけないだろうか、親がすぐ連れていってくれるだろうか、どうやって連れていってもらうよう説得しようか、とモンモンと明けない夜を待つのでした。
この症状は歳が上がると自然と減ってきて、幼少の頃のちょっとした不思議な出来事の一つになってしまいました。仲間とのプライドの世界に生きている子供時分では、このことは自分の欠点として決して他人には明かさなかったし、同じ悩みを持つ人にはついに一度も出会うことはありませんでした。
本城直季氏の「ミニチュア風」写真に出会って、その症状を思い出した時、いったいあれは何だったのだろうとあらためて思い返して、あることに気がつきました。それは、ある悪夢の中で、すこし鮮明なイメージがあったのを思い出した時でした。その悪夢は、自分が並木道のようなところを自転車をこいでいるのでしたが、なぜか地面の上をフワフワと浮かんでいて、流れるように気持ちよく走っていたところ、急に地面が割れて、例の赤いマグマのような穴に呑み込まれるのですが、今までの人生の知見から、これはひょっとして、小さな魚かエビなんかを、砂に擬態した大型魚が捕食するシーンではないだろうか、そう考えると、あのフワフワと流れる感覚や、急に足下から呑み込まれる感覚、穴の中に落ちたときの死の恐怖の感覚に納得がいきます。最後に見た穴の底のオドロオドロしいものは大型肉食魚の内腑の画像だったのではないでしょうか。それにしても、あまりに主観的でリアルです。とすると、あれは前世の自分の最後の記憶で、自分の前世は小さな魚かエビだったということなのかもしれません。そしてあのイメージの世界のように輪廻転生して現代の人間として生まれ変わったのでしょうか。あまり前世に興味のあるほうではないですが、小魚だったとすると、ちょっとショックです。

ひょーしょーじょー（２０１４年残暑お見舞い号）
ナンバーワンよりオンリーワンなんてよくいわれていますが、それは社会人として世間の荒波にもまれている大人の良識であり、むしろ子供にとっては、なんだかんだで他の誰よりどこか優れていることを信じたり、望んだりするものではないでしょうか。それは単に学年トップの成績とか、学校で一番ケンカが強いということだけに限らず、雲梯（うんてい）の一番高いところに登れるとか、鬼ごっこで絶対につかまらないとか、牛乳を鼻から飲めるとか、なにか一つでもトリエがあって、周りの同級生から羨望の眼差しをあびることは、その子の人生に重要な影響をあたえるといってもいいでしょう。子供は、世間知らずで身の程を知らないのが当たり前であって、それを矯正するよりも、何か良い一点を誉めて伸ばし、自信や自尊心を与えた方が後々にとって健全な精神が育まれるということでしょう。そんなことは学校側も重々承知していたようで、そんな子供の自尊心をくすぐる”朝礼”という行事がありました。毎週１回、朝一番に全校の生徒がグラウンドに集められ、教頭先生や校長先生から連絡事項とか訓示を受けるもので、絶対的な強制参加のため、朝の弱い女の子が貧血でバタバタと倒れるのもおかまいなしの行事というよりは儀式に近いものでした。そんな朝礼のイベントの一つに表彰式がありまして、作文、習字、絵画、歌といった学校で参加したコンクールや、スポーツの競技大会で優秀な成績を納めた生徒を呼び出し、全生徒の前で校長先生から表彰状を手渡すものです。これは卒業式の表彰状と違って、特別に１人が全校生の注目を一身に浴びるものであり、名前を呼ばれた瞬間、え、あいつが？と皆の驚きと羨望の眼差しを背中に感じながらめんどくさそうに前に進み出ていく瞬間は、たとえどんなに恥ずかしがり屋でも、きっと自分にスターの素質を見い出すに違いありません。特に日頃、気が弱く地味だったり、イジメられっ子にとっては、起死回生の瞬間でしょう。しかし今思えば、この表彰式、実は学校側で仕組まれていて、生徒は６年間の在学中に最低１回は表賞するという規定があったのではないかと思われます。というのも、自分が神戸の小学校にいた時、一度、虫歯のないキレイな歯の持ち主として表賞の最終候補に残りましたが、過去の虫歯治療の痕があったし、歯の色も歯並びもキレイじゃないのに、正直そこまで候補に押し上げようとする先生の意図が分かりませんでした。また、６年生になったとき、それまで表彰状に縁のなかった同級生に限って、どんどん表賞されていくのを見て、さすがに何か裏があるんじゃないかと疑ったものです。自分の場合、幸い絵が得意だったのもあって、消防のポスターを書いて銅賞にえらばれましたが、後で見返すと、たいしたデキではなかったように思え、やっぱり自信をつけさせようとする学校側のお情けを感じるのでした。
絵の賞で一番思い出深いのは、幼稚園だか小学１年だったか、まだ加古川に居た頃、お絵書きの時間に、遠足の思い出の絵を描いたときです。その遠足というのが大好きな水族館で、いろいろなキモカッコイイ魚達を見てすっかり興奮してしまいました。それが祟ったのか、翌日ハシカを引いてしまい、数日学校を休んで、久しぶりに登校すると、皆は、ほとんど絵を仕上げる段階にきていて、自分は出遅れて絵を書き始めることになりました。こういったことは低学年のクラスでは日常茶飯事でしたが、先生や同級生は気の毒に思ったらしく、いろいろ親切にメンドーを見てくれました。その励ましが効いたのか、大好きな魚をモチーフにしたからなのか、病気の副作用だったのか、その時は、ためらうことなくほとんど一息に絵を書き上げてしまいました。人間、人生に２～３度は頭の中に浮かんだイメージをそのまま形にすることができる神の降りることが確かにあるようで、これは記念すべきその１回目でした。それは三匹のチョウザメの絵で、甲冑をまとったような姿に尖った口がいかにも古代の魚を思わせるイカメシさで、病み上がりでも印象に残っていた魚の一つでした。自分でも驚く程、バランスよく生き生きと描くことができとても悦に入っていましたが、しかし、お決まりのサメやタコやウミガメといった魚ばかりの作品の中で、先生をはじめ誰もチョウザメみたいなマイナーな魚をわかる人はおらず、鼻先に書いたヒゲを見て、「これなに？」「魚にヒゲなんかないよ」と、しまいには標本のノコギリザメだということにまとまりそうになりました。１体しかいないノコギリザメの標本が３匹泳いでいる訳がなく、先生としては妄想を膨らました絵でもかまわなかったのでしょうが、そんな大人がよろこびそうな発想など持っているはずもなく、書いた当の本人が、初めて見たその魚の名前を覚えていなかったので、本当に実在していたこと、その魚がいた水槽の場所のことを懸命に説明したのでした。誰かの「あーいた、いた」という適当な言葉で、皆、一応の納得をしたようでした。しかし、会心のデキだっただけに、この同情のまじった反応にはガッカリでした。絵を塗り上げて、なんとか少し遅れたぐらいで提出できました。絵はすぐに採点されて戻ってくると思っていましたが、なかなか返ってきませんでした。それからしばらくして、その絵が図工室に貼り出されるという知らせが届いたのでした。当時の加古川の小学校は全学年が８～９クラスほどある今考えるととても大きな学校で、けっこうストイックだったのか、ちょっとやそっとのことでは表彰されることはありませんでした。きっと人が多すぎて朝礼でいちいちやってられなかったのかもしれません。その代わりが図工室の展示なのでした。それは全学年共通の評価方法としてリアリティがあって、表彰状１枚を手渡される以上の価値がありました。見に行くと大きな図工室の一画に貼り出された絵はとても小さく他人行儀に見えましたが、紛れもなく自分の肉筆のチョウザメでした。自分にとって、とてつもない快挙でしたが、嬉しさを通り越して、厳かで違和感を感じ、とてもはしゃぐ気分になれませんでした。その体験は、絵を好きになり、自分に対して自信を持ち、自分のよりどころとなって、その後、多くのキッカケが生まれることの原点になったのでした。
チョウザメの卵が、あの有名な世界三大珍味の”キャビア”であることを知ったのは、それからずいぶん経ってからで、更にそれを食べたのはそれから更にずっと後になってのことです。そのキャビアの親の絵がその後どうなったかといえば、しばらくるくる巻にして大切にとっていましたが、やっぱり子供のやることで直ぐに他に興味がいってしまい、大きくかさばる絵は、やがて押入れの中で角が折れ曲がり、破れ、シミがついて、気付いたときには捨て去ってしまっていました。返す返すも残念なことをしてしまいました。

クジラの缶詰（２０１３年ハロウィン号）

カンキリが絶滅”器具”種になりつつあるそうな。そういわれると確かに最近の缶詰はプルトップで簡単にあけることができて手間要らずです。昔は缶詰といえば、モモ、パイナップル、サクランボ、シーチキン、さんまの蒲焼き、焼き鳥、ズワイガニと美味しいものばかりで、すぐに食べられて、何年でも腐らずに常温で保存できる自分にとってのまさに完全食品でした。欠点といえば、このカンキリで、幼い頃には使い方がわからず、叩こうが、カジろうが、呪文を唱えようがビクともせず、大人に開けてもらうのをただ指をくわえて待つことしかできませんでした。小学生に上がりたての頃では、ハサミで穴ぐらいは開けられましたが、汁は飛び散り、中身はズタズタ、手はボロボロ、グニャグニャの缶詰は大人でもまともに開けることができなくなって、食料なのに、ペンチやらノミやら持ち出して、せっかくのごちそうもネジやサビの味がするようで食欲は半減してしまうのでした。これは第一反抗期にさしかかった者にとって相当な屈辱でした。当時、唯一一人で開けられた救世主的な存在といえばコンビーフ（いまではコンミート？）で、これは斬新な台形のカタチもさることながら、親切なことに小さなカンキリが缶に取り付けられていて、それを側面にゼンマイのように巻いていけば簡単にあけられことができました。そんな訳で、カンキリで一人で上手にあけることができた時はとても誇らしく、大人の階段を一歩登った充実感がありました。かといって余裕コイていると、旅先やキャンプでちょっと背伸びして缶詰をもってきたもののカンキリを忘れ、ただの重い荷物と化すお決まりのパターンとか、調子に乗ってコンデンスミルクの缶詰を全開にしてしまい、あたり一面ドロドロのベタベタにしてしまったことなど、カンキリにまつわる因縁は尽きることはありません。そんな大人のステップを味わえない現代の子供達は便利とひきかえにちょっと不幸なのかもしれません。そんな因果な缶詰の中で、一番思い出深い大好きな缶詰といったらクジラの缶詰です。
クジラといったら、今では調査船とシーシェパードとのイザコザでおなじみ、世界中から避難されて、揶揄されればされるほど、逆にクジラを食べるのは日本の伝統文化とムキになって鯨肉を口いっぱいにアピールします。といって、江戸時代のグジラの伝統漁法に思いをはせる人もすくないと思いますが。子供の頃は、牛や豚の代用肉として給食で定番の食べ物であり、家庭ではゴマがのって黒くパサパサした癖のあるステーキであり、そうかと思えば酢みそでいただく白くピラピラした大盛りの刺身であったり、居酒屋で出てくるのは真っ赤で白いまだら模様のほんの数枚の酒の肴であったりと、あの巨体とはかけはなれた、つかみ所のない食べ物なのでした。もっとも馴染みのある給食では、酢豚風のクジラのケチャップ煮とかクジラの竜田揚げとかどちらかといえば好物の方でしたが、その固い弾力といったら身体の発達の遅い子達にはさぞ苦痛であったでしょう。好き嫌いや食べ残しは御法度で、なんなら今時はブーム化しているアレルギーに対する気づかいも、ぜんそく以外は受け入れられていないご時世だったので強制的に食べさせられ、クジラに恨みとか恐怖とかを抱えて大人になっている人もいるに違いありません。もっとも打たれ強さも強制的に鍛えられたでしょうから、今ではすっかり克服しクジラ肉の固さこそ日本の文化とかいっているかもしれませんが。そんなクジラ肉が缶詰とは、どんなゲテモノかと思えば、これが甘く煮付けられていて臭みはなく、しっとりとした質感があって、箸をいれればホロホロ崩れるやわらかい逸品。というのもこれはクジラ肉の中でも”須の子”と呼ばれる高級部位をつかっていたんだとか。たしかに缶詰の黒いパッケージには”鯨須の子大和煮”とか印刷されてあって、どうしてこれで”クジラ”と読むのか子供心に不思議に思ったものでした。このクジラ缶、肉の柔らかさもさる事ながら、絶妙なカレー風味で白いごはんが何杯でもいけちゃいます。もちろん残ったタレも余すことなく有効活用できるので、クジラ缶と白ごはんだけあれば・・・といいきれるほどでした。当時でも結構高価でそうそう食べれるものではありませんでしたが、なぜか１個、２個は家にストックされていて、それがたまのキャンプや林間学校に飯ごう炊さんの副食として持ち込んだりしていました。まぁだいたいの男子は第ニ反抗期を向かえる頃なので、バスの後部座席や宿泊先のふとんの中で先生にはコッソリ、かつ、他の生徒に注目を浴びるようワルっぷりをアピールするのですが、そんなときに、このクジラ缶をおもむろに取り出し、カンキリで大胆にフタを開け、豪快に肉をほおばってポイントを稼いだり。そんなのはちょっとしたイタズラ程度でしたが、そのうちワルがだんだんワルノリしてきて、先生が隣の部屋で寝ていることをいいことに悪口を大合唱。運悪く民宿の部屋壁がベニア板一枚だったので・・・というか、防音でも無い限り、向こうに聞こえないはずがないのですが、なにぶん旅先のハイテンションから、ふだん大人しい子まで大胆になってシュプレヒコールは止まりません。当然ムックリおきだした先生。壁のわずかな隙間から気配を感じて慌てて逃げようとしましたが後の祭りで、有無をいわさず全員正座の上、キツイ一発をくらいました。合唱には参加していなかったのでいい迷惑でしたが、不思議とそういうことはいい思い出として記憶にのこっています。今思えば、そんなに毛嫌いするほどのこともなく、その先生こそいい迷惑だったことでしょう。必然的に心の狭い中学生ではそれぐらいのコミュニケーションが精一杯だったのかもしれません。今じゃ、うっかり指導しようものなら、とんでもない社会制裁をくらうようになって、先生ももはやテキトーに受け流すようになってやいまいか心配なところです。
そんな思い出の黒いクジラ缶は捕鯨問題であっさり生産中止となってしまいました。買い占めようと気付いた時には時すでに遅く・・・。でも最近では根強い人気で別のメーカーから更に高額な商品として復活しているようです。別に捕鯨を以前のように全面的に解禁してほしいとは思いませんが、調査とか文化とか持ち出さず、食いしん坊だからちょっとだけ捕らせてもらってまーすと宣言すればいいんじゃないかと思います。

天敵（２０１３年夏の豪雨号）

近所のガキ大将、放し飼いのマルチーズ、竹棒の鬼教師、インケンなクラスの女の子から、見方を広げれば、注射、おばけ、宿題、歌のテスト、入試、合宿、千本振り、海外赴任まで、移り変わる人生の中でいつの時代になっても天敵がいなくなることはありません。所詮、限りのある強度しかもたない生物にとって、圧倒的に巨大な物理的、政治的力の前では、己の威を誇示することなどどだい無理な話で、したがって天敵しらずでひたすら襲いかかってくる生物なんかハリウッドぐらいにしかいないんじゃないでしょうか。
数ある天敵の中でも時代を超越して苦手といえるものといえばムシの類です。これでも同世代や今時の世代よりは虫取りに興じ、ムシには強い方と自負していましたが、年々苦手になってきて、今ではコオロギやカマキリ、あげくにアゲハチョウや死んだカブトムシでさえもじっと見ていると悪寒が走るようになりました。中でもゴキブリは昔から常にトップ３にはいるほど大キライで、ベトナムにいた頃は、ゴキブリが苦手なことをいつの間にか職場の地元連中が嗅ぎ付けてきて、見知らぬ女性ワーカーから、すれ違い様にゴキブリ（屍骸）を突き付けては、こちらのリアクションを楽しむタチの悪さでした。ハノイの夏の夜は気を付けて歩かないとうっかり踏みつぶしてしまうほどゴキブリが盛んな土地で、クーラーの普及してない一般家庭では窓も玄関も全開なので、ゴキブリごときに悲鳴をあげるのが珍しいのでしょう。何がイヤって、あの底光りするイヤラシイ黒、オゾケの走る毛むくじゃらの後足、神経にさわる身のコナシです。その素早さはもちろん、死角をつく姑息で予測できない大胆な行動は、時には知性すら感じさせるほどですが、実はこの行動は、あらかじめ体に刷り込まれた反射神経の行動なんだとか。極めつけは、その恐るべき生命力と繁殖力で、昔、寝室の網戸から入ってきた新参者を排除しようと、うっかり殺虫剤を使ったら、気がフレたゴキブリが一晩中部屋の中をあばれまわり一睡もできなくなったり。ゴキブリハウスを仕掛けて捕まえたゴキブリを痛ぶってやろうとバケツで水攻めにしたところ、かき混ぜ棒を乗っ取られ逆にこっちが逃げ出すハメになったり。そのしぶとさと無気味さといったら地獄からきた使徒に間違いありません。そんなゴキブリを手軽に一瞬で倒す方法を自分なりにいろいろと研究したものでした。試行錯誤の末に薄めたママレモンをスプレーするのが一番という結論に達しました。食器洗剤の膜がゴキブリの呼吸を奪うので、直撃すればイチコロとはいかないものの、数歩でオダブツに。殺虫剤と違って耐性もつかないし、害も少ないので少し得意になっていました。ところが最近はもっと画期的な対処法方があるらしく、数種のハーブを部屋に置いておくだけでいなくなるのだそうです。
そもそも、地上が生活圏であるムシと人がニアミスすることはしかたのないことで、その点、海にいけばムシと遭遇する機会もありません。そんなところも海が好きな理由に挙がるでしょうか。と、いいたいところですが、それが大きな落とし穴で、海辺にはとんでもない強敵、フナムシというやつが君臨しています。コイツは花壇の下にいるダンゴムシをでっかくした姿で、小さな触覚をフリフリしながらオットリ歩く、ちょっと愛嬌のあるダンゴムシ（昔はマルムシと呼んでました）と違って、その発達した足と敏感な触角でゴキブリ並に影のように動く気色の悪いムシです。西洋の甲冑のようにかっこいいはずの甲殻の身体がなぜか薄気味悪さを助長し、可愛いはずの大きな黒目も、まるで焦点の定まらない死人の目のようで、何を考えているのか今にも飛びかかってきそうな恐怖にかられます。そんなのがウジャウジャ団体で群れをなし、昼間に堂々と活動するのでオームの大海嘯なみの驚異です。唯一の救いは警戒心がハンパなく、決して人に近づこうとしないところでしょうか。とはいっても、しょせんムシのやることなので、子供の頃、海水浴で海から人気のない海辺に戻ってきて、海パンからズボンにはきかえた途端、フナムシがズボンから飛び出してきたのは、いい思い出（トラウマ）です。フナムシが海辺限定のムシであることは不幸中の幸いだったかもしれません。ところが、実際にはこのフナムシとそっくりの平べったいワラジムシというのが、もっと大きくて古い花壇の下にいるのですが、コイツもたまにびっくりするほど大きくてすばしっこいヤツがいます。そしてショックなことに海の中には死肉をあさる凶暴な親戚がたくさんいるようで、砂浜にはスナホリムシとよばれる１cmほどの小型サイズ。さらに深海にはオオグソクムシという２０cmのバカデカいサイズが。さらにもっと深海にはダイオウグソクムシという５０cm超の超特大サイズもいて、もう一目みたら卒倒しそうですが、意外に世間ではグロカワイイと受入れられているそうです。何でも食事の様子をネットでライブ中継するのを、全国のグロ萌えオタクたちが熱狂しているそうで、最近はいろんな水族館でグソクムシを展示するところが増えています。子供の頃にみていたら、二度と水族館に近寄らなくなっていたでしょう。恐ろしいことに最近では生体も販売もされているそうで個人的に飼うこともできます。東京のショップでオオグソクムシを見かけましたが、ホルマリン漬けのような青白い姿で、無造作に置かれていて、そこだけひときわ異様な雰囲気を発していました。今後は通販のみにしてほしいです。ダンゴムシからグソクムシまで同じ仲間というから、深海、波打ち際、海辺、花壇へと順調に生活圏を広げてきたようで、このまま更に順調に適応・進化しつづけ、家庭内でも夜はゴキブリ、昼はフナムシとなると、もはや地上を放棄し大気圏外に脱出するしかありません。いや宇宙にこそ、直立歩行する高度なフナムシ星人なんかがいるような気がして、宇宙開発にはよっぽど気を付けてほしいものです。

アメリカザリガニ（２０１３年桃の節句号）

アメリカを色で例えるなら赤です。
赤というなら中国だろう？という人も多いかもしれませんが、自分にとって中国の赤は朱色。明るいさっぱりした軽い赤色です。それに対して、アメリカの赤はワインレッドというか濃厚でそれでいて鮮やかな渋い赤です。と、いうのも子供の頃に接したアメリカザリガニの印象が強くあるからでしょう。じゃあ他の国は何色かというと特にありません。インドがカレーの黄色ぐらいでしょうか。それぐらい浅い川の真ん中を堂々と進んでゆく大きなアメリカザリガニの色が鮮やかに頭の中に残っています。
旺盛な繁殖力で田んぼの邪魔者扱いされていたアメリカザリガニが、数年前の記事では、日本各地で激減しているそうでしたが、今頃はどうなっているのでしょうか。外来種とはいえ昔を思い出すとちょっと寂しい気もします。
アメリカザリガニといえば最も身近なエビ類といっていいでしょう。成熟した個体は、不格好なゴツいハサミにジャケットみたいな殻のヨロイを着て、本当の鎧の鋲のようなブツブツに覆われ、時に鮮やかで、時に渋い、黒の入った赤色と相まって小学生の男子のハートをガッツシわしづかみにします。そういう立派なザリガニを捕まえたものは羨望のまなざしを独占することが許されるのでした。その横で、か細くて薄茶色でつるつるの日本ザリガニしか入っていない自分のバケツを見てため息を漏らすのですが、実はこのザリガニもアメリカザリガニなので、日本ザリガニはもともと北国の山奥の清流にしかいないらしく、そんな重要な事実はなかなか子供達に降りてくることはありませんでした。
そんな子供のステータスを大きく左右するアメリカザリガニですが、もう一つ子供達のステータスを上げる大きな役割をもっています。それは、”Ｄｒ．スランプ”でも取り上げられているあまりにも有名なエピソードですが、片手の親指と人さし指でザリガニの腹をつまんで持ち上げられるかどうかという点です。実際、イキのいいアメリカザリガニは、手を近付けると、大きなハサミを目一杯振り上げて容易に後ろに回らせてくれません。それでも強引にお腹を押さえ込もうとすれば、激しく腰をピチピチさせて抵抗します。たいていの子供はこれにビビってしまうと、もうヒゲしか持てなくなってしまいますが、これはザリガニに屈した姿として、普段どんなにケンカが強い子でも男ステータスは半減してしまいます。逆に、影の薄いパッとしない子が２０cmもありそうな立派なザリガニを何匹も飼っていて、暴れるザリガニのお腹をニ本指で苦もなく持ち上げるどころか、真正面から無造作に掴んで、指をわざとはさませてイテテとわらっている姿は、男子どころか影のあるヒーローとして女子の人気を一人占めです。
そんなわけで、アメリカザリガニが、戦前に日本に食用として持ち込まれたウシガエルの単なるエサとして飼われていたということは、とても信じることができませんでした。ウソかホントかアメリカザリガニが日本に持ち込まれたのはわずか２０匹で、台風だか洪水だかで偶然逃げ出したものがほんの５０年ぐらいで全国いたるところに広がったというから、地上を独占している人類もイイ気になってばかりはいられないようです。
とはいうものの、川や田んぼにいけばいつでもザリガニがとれるわけではなく、普段は警戒心が強くて物陰に潜んでいて、よほどの慌て者か恐いもの知らずでないかぎり、子供達の前にノコノコと出てくることはないのでした。捕まえるのに、もっと効率の良い”ザリガニ釣り”を知ったのは、神戸に越してきた時のことでした。何のことはなく、ただ棒にヒモをつけて、チクワやらメザシやらスルメやらを吊るしておけば、ザリガニの方から近寄ってきてハサミでつかんだまま離さないので、そのまま釣り上げられるそうですが、やってみると水面近くまで引き上げるとあっという間に逃げてしまいエサはみるみるなくなってしまいます。といっても、ザリガニより先にニンゲンの胃袋に納まっている方が圧倒的に多かったので、ついにザリガニ釣りを極めることはできませんでした。
あるとき、いつものように友達のバケツと網をもって川に向かい、たいした収穫もないまま夕暮れを向かえました。すると、何に引き付けられたのか、あるいは追い立てられたのか、普段、気にもとめない浅い田んぼに小さめのザリガニをわんさか集まっていて、それこそ取り放題で、バケツにあるれるほど取って帰りました。翌日、おこぼれにあずかろうと、その友達の家に足を運ぶと、どういうわけか、そのままの状態にしてあって、当然の事ながらザリガニ達は酸欠で全滅していました。どうやら滅多に取れないザリガニをワンサカとったことに満足して、持って帰ったあとはめんどくさくてそのままにしてしまったようです。当然ながら、死んだエビはすぐに腐って、ものすごい臭いが。このエビ独特の死臭を知ったらザリガニを飼うことに抵抗を持つ人も多いようです。それでもがんばってペアを育てたらとびきりかわいいザリガニの子供をゲットできます。エビ界の中では珍しく、親は母性をもつようで、子供はしばらく親に守られて育つようです。小さな赤ちゃんザリガニ達が、大きな親の背中や頭にチョコンとのっかっている姿はエビ好きでなくてもメロメロの光景でしょう。とはいえ、知識も技術もない子供時代にあっては、うっかり夏の炎天下にさらしてカラカラに干からびさせてしまうほどなので、せいぜい１か月飼育するのが関の山でした。
今では、青いザリガニがでまわっているようです。”トリビアの泉”にあったサバを食べさせなくても、別の品種の綺麗な青いザリガニが簡単に手に入るのだとか。それどころか白とかオレンジとかまでいるそうで、もし、そんなのと子供の頃にであっていたら今でもザリガニには染まっていたに違いありません。

いきものばんざい（２０１３新年号）

もしこの世にテレビがなかったら、今頃は金色のメダリストかワールドなカップの代表選手、ノーベル物理学芥川賞に名を連ねていたに違いありません。それほどにテレビは人の意識を画面に縛り付け、全ての身体機能と思考能力を停止させる能力を秘めています。子供の頃からこのテレビの誘惑に抵抗することができず、様々な潜在能力を犠牲にしてしまいました。聖徳太子には１０人の言葉を同時に聞き分ける能力があったそうですが、せめて自分にたった２人分でもいいから聞き分けることのできる”ながら能力”が備わっていたら、テレビを見ながら勉強できて、ノーベルとはいかなくても、超名門大学の出身者か、青年実業家、ＩＴ企業の社長あたりになれていたんじゃないでしょうか。
子供の頃の我が家はケチとヤボで構成されているような典型的な団塊家族で、テレビのチャンネル権は父親が握り、見る番組はＮＨＫやニュースといった堅苦しいものばかりでした。我々子供は百獣の王がいない間、ハイエナのようにチャンネルを奪い合い、アニメやバラエティ番組にかじりつくのでした。そんな娯楽番組に夢中なハイエナ達を会社から帰ってきたライオンが一瞥して一言、「またショーモナイもん見て！」と小言をいうのが日課でした。この無用なストレスは子供を卑屈にさせ、ネガティブな思想を植え付けました。これは後に世間に出てから百獣の王になれなかった原因の一つかもしれません。とはいえテレビの魅力は、そんな天敵の妨害にも屈することなくやり過ごし、やがてテレビが２台になり、世紀の大発明ビデオデッキが遅ればせながらようやく導入され、我が家のテレビ環境は徐々に改善されていきました。
そんなテレビとは切っても切れない関係で、テレビの話をするともう一つサイトが立ち上がってしまうので省略しますが、子供の頃、印象にのこっているテレビ番組の一つに「いきものばんざい」があります。ちょうど放送時間が他人から束縛されない日曜の朝１０：３０で、小学生の頃、長く続いていたこともあったからでしょう。いわゆる動物番組で、動物、魚、昆虫などから毎回１種類の生き物を紹介するもので、ナレーターの”なべおさみ”さんの吹き替えが面白かったのを覚えています。当然、お気に入りは魚の回でした。当時、他の動物番組といったらサバンナあたりのライオンやゾウといったメジャーどころばかりで、生命の神秘と尊さを表現したいのか弱肉強食の補食シーンとか生殖シーンが多かったと思います。魚関係では、鮭が生まれた川に戻って産卵し力つきるシーン、砂浜で涙を流して卵を産み落とすウミガメと土から孵った赤ちゃんが過酷な大海原へ挑むシーンばかりで、子供心に重苦しく退屈でしたが、この番組は比較的、日本の身近な生物にスポットをあてることが多かったように思います。すぐ近くの川底で空き缶を住処にがんばっている魚の姿が想像できて親しみを感じました。ちなみにスポンサーＣＭで流れる「どんぶらこ親子」という潜水艦のユルキャラが好きで、ビデオのない時代に、それを何とか手元に残そうと紙に書き写していたのを覚えています。
おかげで、動物に関する知識は並みの大人よりもつことができました。子供の頃は虫ハカセなどと呼ばれることもありましたが、それぐらいで本当の博士になれるはずもなく、役に立つのはクイズ番組ぐらいでした。
そして、恐ろしいことに、テレビの誘惑は今もなお変わることなく、明日までに仕上げなければいけない資料があろうが、更新しなくてはいけないホームページがあろうがお構いなしで、近くにリモコンがあれば最後。まさにテレビは悪魔の、いや神アプリといって過言ではありません。

ＣＯＯＰたこ焼き（２０１１年秋号）

B級グルメという言葉がすっかり定着し、今や地域社会の街起こしの必須条件です。全国からあつまるB級グルメの大会は異常な盛り上がりで、遂には「B級グルメ戦国時代」なる言葉もでてきて、まさに喰うか喰われるかといった様相で、地域住民は日夜、血眼でB級な食べ物の開発に取り組んでいるのでした。ご当地品の B級グルメも商品なので、そうやって全国的に注目されることは本望なんでしょうが、もし注目されなかったらB級としての地元の立場もあやうくなる訳で、本来地域にな～んとなく根付いた、ゆるキャラ的、隠れキャラ的な存在が、生きるか死ぬかの下克上の世界に強制参加させられるとは、セチガライ世の中にもほどがあります。
関西のB級グルメといえば”たこ焼き”が代表格ですが、もやは知名度と浸透度は全国区なのでＡ級グルメ？といってもいいでしょう。実家でも昔は晩ごはんに”たこ焼き”用の鉄板で”たこ焼き”を焼いて食べたりしていましたが、少し前なら、そんな話を他の土地で話すとびっくりされたものでした。地方にいくと”たこ焼き”の本場から来たというので、たこ焼きパーティが開かれると、本場のプライドも手伝って、美味しいたこ焼きの作り方を研究をするようになり、意識して地方のたこ焼き屋や、本場のたこ焼き屋にいって食べましたが、どれもピンとこないのでした。そのうち、どうも昔、地元で食べていた”たこ焼き”と違うことが原因だったんだと気がつきました。それまで、”たこ焼き”と”明石焼き”の違いぐらいはわかっていましたが、どんな”たこ焼き”が普通なのかをわかっていなかったのでした。B級グルメにありがちな、地元で昔から食べているのが普通で、屋台や地方で食べるのは、ちょっと毛色の違う、特別な”たこ焼き”なんだろうぐらいに思っていましたが、そっちを食べる頻度が多くなるにつれて、地元の方が違っていたことに気がつきました。
もう記憶も薄れてしまいましたが、それは近所の生協（ＣＯＯＰ）の食品売り場の隅っこにあった持ち帰り専用の”たこ焼き”屋で、子供の頃から”たこ焼き” といえば母親がそこから買ってくるのでした。紙にくるまれた発泡スチロールの船をあけると、ブニョブニョしすぎて原形を留めていないたこ焼き達が押しつぶされてくっついていて、その上にあまいソースがハケで塗られてあって、カツオの粉と青海苔がまぶしてあるのでした。つまようじ一本で無造作に持ち上げると柔らかい生地が破れて、トロトロした生地がでてきます。たこのエキスがまわりの生地を赤く染めていて、フワトロの触感の生地とソースとカツオと青海苔とたこが絶妙のバランスの”たこ焼き”なのでした。ちょうど大阪風”たこ焼き”と”明石焼き”の中間といった感じでしょうか。本を買って研究しても、このブニョブニョ感はどうしても再現できませんでした。ちがう味の”たこ焼き”ばかりを食べるようになって、無性にあの”たこ焼き”の味が懐かしくなり、実家に帰って買いにいったところ、生協もすっかり模様替えされていて昔の面影もなく、子供の頃からずっと定位置にあったあの”たこ焼き屋”もオシャレなパン屋に変わっていましした。
今思えば、あの”たこ焼き”も立派なご当地グルメだったのかもしれません。どこか違う場所に移って、今でもあの”たこ焼き”を焼いていてくれるとうれしいのですが。

縁日の金魚（２００７年夏号）

海水魚をかっていると、人からきまって「金魚、飼ってるんだって？」とか「金魚、元気？」と聴かれました。その言葉の裏には海水魚ではなく、「簡単な」とか「平凡な」”金魚”なんぞといった意味が含まれていて、低級な趣味として人を小バカにする響きがありました。中国伝来の長い文化をもつ金魚からすればとんでもない暴言ですが、それほど、金魚は身近なペットとしてメジャーな地位を築いていると言えるでしょう。しかし、実際のところ日常で金魚にお目にかかれるのはペットショップの一角か大きなホームセンターぐらいです。なのに金魚が、これほど親しまれているのは、やはり縁日の金魚すくいのせいではないでしょうか？夜店の電球に照らされて目に鮮やかな金魚達が涼しげに群れている光景は夏の風物詩にふさわしいといえるでしょう。
縁日といえば、昔住んでいたひとつ先の駅に厄よけで有名な神社があって、普段はなにもない地味なその駅が、初夏のある縁日になると駅から神社まで延々とにぎやかな屋台が続くのでした。幼い頃この縁日が大好きで、ほとんど断片的な記憶の中で、参道までのびる黄色い夜店の電球に、テープから流れてくる太鼓や笛の音、人のざわめき、魅力的なおもちゃ達、食べ物のいい匂い、そして境内のおごぞかな雰囲気があいまって、幻想的で夢の中のようなワクワクした気持ちだったことを覚えています。この縁日は、めずらしく親公認の、子供が夜に外出できる数少ないイベントの一つでした。一家総出で、時にはご近所の家族を伴って、日も暮れかかる夕暮れに電車に乗って縁日に出かけるのでした。普段はとても堅い親の財布で、外食や買い食いなどはタブーでしたが、このときばかりは、少しばかりゆるくなって、お参りの帰りに一つだけ屋台の食べ物を選ばせてくれました。目移りする中でいつも決まって買って帰るのは”焼きトウモロコシ”でした。タレで香ばしく焼けるトウモロコシは他の何にも変えることができなかったのです。他の家族といる時は、さすがに見栄もでて友達とお揃いで小さな懐中電灯のキーホルダーを買ってくれました。今でいうと、蛍光液の入った七色に変化する光のアクセサリーといったところでしょうか。大はしゃぎで、一晩で電池がなくなるほどそこら中の闇という闇を照らしまわって帰えりました。
そういう訳で、どちらかといえば金魚すくいは眺める方が多いのですが、この金魚すくい１回２００円～３００円という高額にもかかわらず、紙でできた頼りない武器は、欲望にまかせればたわいもなく破れ、かといって、慎重になり過ぎても何もしないまま溶け落ちてしまいます。しかも、苦労してたくさんすくっても持ち帰えれる金魚は３～４匹に減らされるという、普通の子供にとってはアダルトであまり魅力のない遊びなのでした。さすがに、何もすくえなくても、おまけで１匹もらえますが、子供にとってはむしろ邪魔で”的当て”やら”くじ引き”やら、はたまた”たこやき”を食べるのに忙しく、家に帰り着く頃には金魚もグッタリといったことも多いのでした。こうして持ち帰られた金魚も翌朝にはすっかり忘れさられ、即席の洗面器で肩身のせまい思いをしているのでした。やはり金魚すくいは浴衣を着た女性が縁日の余韻を家に持ち帰るためのアクセサリーの類なのかもしれません。
私はこの縁日の金魚というものを長く飼えたことがありませんでした。たくさんもらってきても、なぜか気に入った金魚からポツリポツリと減ってゆき、直ぐに全滅してしまうのでした。それから、引っ越ししていろいろな生き物の飼育経験を積み、ある程度自信がついたとき一念発起して金魚に再チャレンジしました。目指すは長期飼育＆繁殖です。縁日の翌日、実行委員に顔のきく母が金魚すくいの余りを１０数匹ほどもらってきました。さっそく、大きな水槽に移し、砂利や草木を入れ、涼しい日陰に置き、ブクブクをつけ、毎日生きたボウフラをあたえ、定期的に新鮮な水に交換しと、アレコレと世話をしました。しかし結果は散々なもので、一週間で半分に、次の一週間でその半分にといった感じで、二ヶ月もしないうちに全滅。ショックでした。そこで、縁日の金魚は、祭用に大量に養殖されたため非常に弱い体質で、長期飼育は無理との結論に達っしました。そんな話を教室で話していると、そばでなにげに聴いていた女子が、家では縁日ですくった金魚がかれこれ２～３年は生きていて、いつの間にか増えているといいます。培った経験を仲間の前で軽く否定され、ややムキになって問いただしました。エサは？水替えは？冬は？しかし、その子はべつだん自慢するでもなく、というよりも、何もしていないので良くわかならいとのたまうのでした。水槽でもないところに、エサもやらなければ、水替えもせず、冬も外にほったらかし、まさに勝手に生きているというのです。とても信じられませんでした。ますますムキになってその子の家まで見にいくと、たくさんの植木や鉢の植わっている庭の一角に、スイレンかなにかの水草を育てる大きな瓶が置いてありました。その瓶をのぞくと、みどりに濁った水の中で、たくさんの茎や葉にまぎれて、時々、金魚の大きな赤い影が浮かびあがっているのでした。確かに、縁日の金魚の置き場に困って取りあえず入れていたら、そのまま繁殖してしまったといった感じで、その子のいうように本当に無造作に飼われていたのでした。
それからというもの、ふたたび金魚を飼おうとは思わなくなりました。

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漂流物（２００５年豪雪号）

浜辺には潮の流れや満ち引きによって、いろいろなものが流れ着きます。しかし、それは海に捨てられた物ばかりでなく、人もまた引き寄せられ最後にたどり着く不思議な場所なのでした。
毎年、めまぐるしく移り変わる小、中、高校にかけて地元の浜辺は男女の社交場といった感じでした。ただの偶然で一緒になったクラスメイト達は、わずか１年限りという魔法で”ただの偶然”から”不思議な運命”に変化し、季節も深まる頃には奇妙な結束力が生まれます。そしてクラスに大抵一人はいる世話好きな生徒がクラス全員を集めてオフに思い出づくりをすることになります。さすがに全員が揃うことはありませんでしたが、それでも半分近くはコンスタントに集まりました。
とはいえ、今ほど自由なお金もなく、洒落た遊び場も大きなファミレスも稀で、ましてやカラオケみたいな便利な場所もなかった時代のこと、駅前の小さな喫茶店に寿司詰めになる訳ですが、特別に皆で何かをするわけでも無く、ただザワザワと同じ時間を共有して楽しむのでした。それでも普段教室で学制服姿しか見なれていない女子の私服姿を見るとそれだけで新鮮な気持ちになるのでした。
しかし、二十人近くの若者が、たった一皿の軽食と飲み物だけで２～３時間も占拠しているとさすがに居づらくなってきます。そこで次に行き着くのがお金のかからない近くの海岸ということになるのでした。日も暮れかかった人のまばらな浜辺は騒いだりふざけたりするのに格好の場所です。最初は”世話好き”君の発案で、”ハンカチ落とし”（今でも存在しているのでしょうか？）とか”高オニ”とか”止まり木”といったベタなゲームで盛り上がります。そのうち辺りが薄暗くなって遊べなくなると、輪になって”クラスの仲の良さ”や”個性の強さ”といったこの”不思議な運命で導かれたクラス”のホメ話に熱中するのでした。その瞬間の信頼関係はピークに達しています。そのうち悩みを打ち明けるコや、中には感極まって泣きだすコまでいました。外灯のともる浜辺には別れを惜しむ人影がいつまでも絶えることはありませんでした。
それからより広い世界に出て年を重ね、数えきれない出合いと別れを繰り返していると、もうあの不思議な魔法にかかることはありません。それがいいのか悪いのかはわかりませんが、昔だれにもあったそんな出来事を今でもふっと思い出せる人がいったい何人いることでしょう。
さて、中学の夏だったか、その時は男ばかり２～３人でとなり町へ遊びに出かけ、夕暮れ近く最後にまた浜辺にたどり着きました。そこは小さな海水浴場になっていて、夕方だというのに数人の子供達が海ではしゃいでいます。その横を小さな防波堤が海にむかってTの字に突き出していました。なんとなく潮の匂いに誘われてブラブラと防波堤の先端まで歩いていくと、そこには沢山のフナムシがいました。フナムシといえば、波打ち際に集団でいる素早いダンゴムシみたいなヤツで、無条件で背筋の寒くなるムシキングのベスト５に常にランクインされています。仲間との雑談からほどなく、ヤツラを海に突き落とすのに夢中になっていました。しかし、生半可な武器では素早いヤツラを追いつめることはできません。逆に万一飛びかかってこられては、小学時代に海水浴場でズボンに潜り込まれて以来せっかく治りかけていたトラウマが再発してしまいます。より丈夫で長い武器を探していると、ちょうど防波堤の潮のよどみに沢山のゴミが浮いているのを見つけました。発泡スチロール、流木、ポリバケツ、タイヤなど大小様々なものが漂流し集まっています。その中から、使えそうなものを探して大きな木製のパレットをどかしてみると、その下に魚の腐乱屍骸が浮かんでいて思わずドキッとしてしまいました。屍というのは、形、色、匂いどれをとっても精神的にダメージを与えるので、普段は無条件で見ないようにしていますが、そのときは、あまりにも変わった姿に見入ってしまいました。内臓や骨は見えてはいませんでしたが、体は腐食して変色したのか青と黄色のオドロオドロしいまだら模様で目のまわりには複雑な筋がはいっています。顔はアンコウのようなイカツい口、背ビレは大きく変形してボロボロで、胸ビレはオールのように長く、全身に毒針か寄生生物のような奇妙な突起物がたくさん着いていました。死んで腐っているとはいえ、こんな毒毒しい魚は水族館でも見たことがありませんでした。生きていればきっと珍しく貴重な魚だったに違いありません。しかし、いくら貴重でも死んでいる魚にそれ以上の興味は湧きませんでした。
屍騒ぎですっかりテンションが下がりしばらくその場にたたずんでいました。すると、それまで横になって浮かんでいた屍骸が一瞬身をよじったように見えました。錯覚か？波のいたずらか？すると今度ははっきり体の向きを変え、さっきどかしたパレットの下にゆっくり隠れてしまいました。屍骸が生き返った？いや、生きていた？突然の予想外の展開に頭が混乱してしまいました。あの屍骸のような姿は腐っているのではなく擬態というやつなのでしょう。大慌てで仲間を呼んで捕獲作戦が始まりました。浮いていたあらゆる漂流物をつかって追い回しました。幸いにその魚は泳ぎがとても遅く、しかも漂流物の影に隠れるばかりなので、ついには木箱と防波堤の壁の間に押さえつけて取り押さえました。ちょうど浮いていたゴミ袋に、毒があるかもしれないその魚を注意して入れました。そしてミッション完了に満足してしまいまうと、現実問題このまま持って帰って育てることも、水族館にもっていくことも不可能なことに気づきました。そして防波堤の途中にさしかかったとき、しかたなく海に返してやることにしました。その毒毒しい魚は、散々な目にあった漂流物の方へは戻らず、海ではしゃいでいる子供達の方へ向かってゆっくり泳いでいきました。よく見ると子供達は海に漂っている大きな海藻のかたまりで遊んでいたのでした。あの毒魚と子供達の行末に不安を残したまま浜辺を後にしたのでした。
それからしばらくして、あの毒魚のことが気になって図鑑でしらべると、それはハナオコゼという名で、熱帯の海に広く分布し、小魚を捕らえるため浮遊物にまぎれて一生漂流する魚だったのでした。

田舎の川（２００５年月夜号）

　田舎に古い家をもっていることは、大都会の一等地に家を持っているぐらい贅沢なことではないでしょうか。
　実家は神戸のごく普通の住宅街ですが、両親はそろって九州出身なので子供の頃の夏休みなんかには両親の実家の祖父母に逢いに１日がかりで帰ったものでした。そこは、のどかな山あいの小さな農村で、平地という平地は田んぼや畑に明け渡し、民家は山裾にとりつくように建っています。この急で細い坂を車でアクロバットのように駆け上がるといつも、じいちゃん家に来たという実感が湧いてくるのでした。
その当時は、まだ古い農家の様相を色濃く残していて、炊事場は土間になっていて”かまど”なんかが残っていたり、軒下にはニワトリを飼っていたり、お風呂がゴエモンだったり、便所ももちろんボットンで、しかも家の外にあるのでした。そのため夜にもなると裸電球の下、裏山のうっそうとした闇とボットンの闇を相手に命がけでヨウを足さなければいけませんでした。このように田舎の古い家はサラリーマン家庭の現代っ子にとって果てしなく薄気味悪く、意地悪で、刺激的でした。薄気味悪いものは外だけではありません。家の中は薄暗く古めかしい木とカビの匂いがシミのように空気にしみついていて、ふすまで仕切られた広い畳部屋には額に飾られた袴姿や軍服姿の御先祖がズラッとこちらを睨みつけていましたし、床の間には大陸から渡ってきたらしい赤黒い置物や絵皿が無気味な薄笑いを浮かべています。そしてひときわ大きな仏壇は小人の神殿か宇宙人の秘密基地のようにそこだけが異質な空間で、常に落ち着かないセンコウの匂いを漂わせていました。そして、古い柱には振り子時計が化石のようにへばりついて、ときおりボソボソと独り言を喋るのでした。
　さらに、山に囲まれた田舎には薄気味悪い生き物もたくさんいました。例えば、朝、洗面所の窓にとまっているアブや蛾の類いは、おそらく宇宙から飛来したものに違いないほど奇妙で、ハエは部屋中のいたるところにいて、天井に吊るされたオドロオドロしい”ハエ取り紙”はそのままハエ達の地獄絵図になっています。ヤブ蚊はひときわ大きく血を吸ったヤツをたたき潰すとケガをしたようにベットリと血ノリが飛ぶのでした。ゴキブリなどはもう後ろ足が中年オヤジのようにスネ毛がたくましく１回や２回スリッパでひっぱたいてもビクともしません。そして、やたらに急な階段の天井には大人の手ほどある大きなクモが守神のようにじっとしているのでした。その他にも、お腹だけが赤く毒々しいイモリやら、ヘビぐらいにデカい山ミミズやらグロい生き物ばかりで、どういうわけかカブト虫やクワガタとは縁の薄い田舎だったのです。
　そんなわけで、家の前を小さな川が流れていましたが、何が潜んでいるか分からないので川で遊ぶ機会は滅多にありませんでした。川幅はせいぜい５mぐらいで、深さも上流でせき止められていて膝下ぐらいでしたが、川岸をうっそうとした草と急な斜面に守られ、川に降りることができませんでした。そのため、川にはハヤと呼ばれるすばしっこい魚が流れに沿って悠々と列になって、ときおり腹を見せては水面をキラキラさせているのでした。
　お盆にもなると祖父母の実家にはたくさんの親戚が集まります。普通はお盆の１～２日前ぐらいから集まってくるのですが、自分達のような遠くからきている家族は１週間ぐらい前から泊まり込むことが多いので、古い家の中がだんだん慌ただしくなっていく様子が見れるのでした。親戚が集まると、子供も集まるのでどんどんにぎやかになりますが、昼間は坊さんやら知らない大人達がきて、酔っぱらった男達にカラまれたり、もてなしでテンテコマイの女達に邪魔者にされたりで、家の中が途端に息苦しくなるので子供達は外に避難することになるのでした。そのときも、人工エサで肥満体になった金魚にボーフラをあたえて野生の本能を目覚めさせるのに夢中になっていると、飼い主の子に川のずっと下流の橋の下に大きな魚がいたというので網を持ってでかけました。橋の下はちょうど川まで降りれるようになっていて、そこにいたのはただの大きなオタマジャクシでした。親戚の子供達も、ちょうどすることがなくゾロゾロついてきたので、うまく言いくるめて今度は上流の方へそのまま川をさかのぼって魚を捕まえにいきました。普段は近寄り難い川も川下から大勢で行けば恐くありません。普段は静かな川が大騒ぎになりました。楽園を追われたハヤ達は細い川をいったりきたりしながら逃げまわりました。最初はぜんぜん捕まえられなかった魚も、そのうち網のコツがつかめてきて、どんどん獲物を増やしていきました。獲物はせいぜい５～１０cm 程度のハヤやフナでした。そのうち大人の相手に疲れた兄も騒ぎを聞き付けやってきました。家の前を通り過ぎ、上流のせき止めの手前まできました。せき止めの下は川幅が広くなり岩がゴロゴロしていました。おもむろに兄は川底の岩の隙間に手を突っ込んでモゾモゾやるといきなり２５cm程の大きなハヤを引っ張りだしました。どこで、そんな技を覚えたのか、まるで手品を見ているようでした。こんな小さな川にそんな大きな魚が隠れていること、なにより、手づかみという原始的なやり方で素早い魚を捕まえられることに驚きました。皆同じように岩の隙間に手を突っ込んで次々と大きな魚を捕まえました。さっきまで自分がズボンを濡らして捕まえていたのは何だったのでしょう。しかし、めったにお目にかかれないサイズにすっかり忘れて夢中になっていました。最後に兄はやはり２５cmはありそうなドンコとよばれるハゼのような魚を引っ張りだしました。このときだけは兄を尊敬したものでした。日も暮れて、大きな獲物をバケツに入れて意気揚々と帰りました。大人達も関心しきりでした。その魚達は酸欠にならないように庭の洗い場に放しておき夜が明けるのを楽しみにしていましたが、次の朝見てみると、夜のうちにノラネコに全部ズタズタにされていたのでした。
　お盆が過ぎると親戚達が、一家族、また一家族と自分の家に帰っていきます。遠くから長期滞在している自分達は逆に最後まで残っていることが多いので、古い家がもとの静けさに戻っていく寂しさを祖父母達と一緒に体感するのでした。今では祖父母もいなくなり、その古い家も現代風にずいぶんリホームされてしまいましたが、薄気味悪い古い家に馴染んだ自分はその後も旅先で出会う史跡や古い町並みの、カビくさい木の匂いや、古びた柱の色合いを見ると、なんとも懐かしく和んでしまうのでした。

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やどかりハウスの怪（２００５年梅雨号）

日本を旅するなら電車とバス。というのが持論です。ぼんやりと移り変わる車窓を眺めたり、のんびりとバス停の周りの町の暮らしを眺めていると日本特有の旅情というものをくすぐられます。これは、ただ目的地に移動するだけの車の旅では味わえない小さな醍醐味だといえるでしょう。とはいえ電車とバスの一番の魅力はマンガを読んだり、居眠りできることなので、こうして考えてみると、自分にとっての旅とは、全く違うものに囲まれることで、日々の生活で煮詰まっている何かをリフレッシュすることなのかもしれません。しかし、そんな中で唯一例外として車の旅を認めているのが「夏の北海道」です。自分は、もうかれこれ４回ほど北海道を訪れ、行ったことのない土地はないと勘違いするほどの北海道フリークです。爽やかな日射し、すがすがしい新緑の風、草原には点々と転がる牧草ロール、牧場の赤い三角屋根・・・。広くて快適な道をどこまでも走り続ける。もうそれだけで元はとれてしまいます。実際、夏の北海道にはドライバーやライダー達がワンサカ走り回っています。旅先で知り合ったライダー達が２０～３０台の編隊を組んで走る姿もザラで、見た目ちょっとした暴走族ですが、すれ違うライダー達は必ずお互いに挨拶をかわす爽やかな連中なのでした。そんな彼等に北海道も寛大です。涼しくて嫌な虫の少ない北海道では寝袋と一人用のテントがあれば十分です。また、北海道には、走り屋御用達の宿泊施設も充実しています。それは”ライダーハウス”といって、ジモピーがボランティア的に自分の家を解放している簡易宿泊施設です。たまにその宿主に気に入られたライダーが北海道の海の幸、山の幸を存分に堪能できることもあるそうな。これは、そんなライダーハウスで起こった不思議な体験です。
それはたった一夜のことだったのでほとんど覚えていませんが、確か２回目の北海道旅行だったと思います。夏休みに大学の友人２人と１台の車に乗り込んで、どう見ても２人しか入れそうもない４人用のドーム型テントに寝泊まりしながら行き当たりばったりで北海道をまわりました。旅も後半にさしかかり、夕暮れの”帯広”にたどり着きました。これまでのテント生活で皆の疲れもピークでした。ちょうどガイドブックにあったライダーハウスを思い出し泊まってみることにしました。道に迷ってようやくたどりついたそこは、町外れに放置されたバラックのような建物で、側にある乗り捨てられたバスも部屋に使っているようです。「やどかりハウス」という名前のロゴには海のヤドカリがあしらってありました。建物の周りにはたくさんのバイクが止めてあり、ライダー達の活気で溢れていました。初心者の我々にその宿の主人は親切でした。部屋に案内する前に近所の銭湯を教えてくれました。温泉ではありませんでしたが、ちゃんとした風呂は久しぶりで、新鮮なお湯は体にシミわたりました。
これでマッタリしてしまったのかもしれません。「やどかりハウス」に戻ってくると大部屋にとおされました。どうやら、男女の部屋は別々なものの、好きなところに寝袋を敷いて寝てくれということのようでした。部屋には既にたくさんのライダー達や陣取っていて、旅の思い出話をする者、明日の準備をする者、荷物を整理する者、歯を磨きに行く者など、思い思いに行動していました。どうやら、消灯時間があるらしく皆一様にドタバタしていました。こんな落ち着かない場所で、見知らぬ人達と一緒に寝れるはずがないと思いながら、珍しく消灯時間もこないうちにあっという間に眠りに堕ちていました。
不意にお腹に異様な感触がして飛び起きました。正確には、脳も体もカンペキに熟睡状態だったので、本能的に起きただけで、最初は何がおこったのか全く理解できていませんでした。そのうち頭が徐々にさめてくると、お腹から胸、首筋にかけて何かがすり抜けた生々しい感触が残っていました。辺りをみると既に電気は落ちていてシンと静まり返っています。寝袋やシュラフにくるまった人達が、ところ狭しとならんでいて、まるで大きな幼虫のさなぎのようです。窓からは青白い満月がのぞいていて、部屋の中を氷のように冷たく明るく照らしていました。不思議とイビキも寝返りをうつ人もなく、部屋の中はまるで冷えた死体安置所のようでした。ふと、頭の後ろで鋭い物音がしました。そっとそちらを見ると一匹の子猫が死体達の間を夢中で駆け回っています。そういえば、玄関で猫を見かけたような気がします。さっきの異様な感触は子猫が自分の寝袋に潜り込み、外へ飛び出したものでした。自分の寝袋はチャックを外せばフトンになるやつで、首のところが広く開いているので潜り込み易かったのでしょう。しかし、どれぐらい一緒に寝ていたのでしょうか？子猫はさっきから飛んだり、跳ねたり、立ち止まったかと思うと、急に反転して駆け出したりしてこちらには全く気をとめていないようです。初めはねずみでも追いかけているのかと思って息を殺して見ていました。そのうち、子猫が月に明るく照らされた窓辺にきた時、しかし、そこにはねずみや虫の姿はどこにもありませんでした。月のスポットライトの中、前足で空中の何かを必死に引っ掻くようなしぐさをしたり、畳に飛びかかったり、足運びを慎重に確認したり。それはまるで、目に見えないものとじゃれているような、神聖な踊りを踊っているような幻想的で不思議な光景でした。そしていくら猫の肉球とはいえ、これだけの騒がしさにだれも目をさまさないことに、急に自分は見てはいけないシーンに立ち会ってしまったのではないか？と思えてきました。ますます息を殺し猫の様子を伺っていましたが、そのうち、子猫は向こうの部屋にいってしまいました。しばらく、戻ってくるのをジッと待っていましたが、その駆け回る足音を子守唄にいつのまにかまた眠ってしまいました。
次に目が醒めた時は、昨晩と同じ出発の準備であわただしいライダー達のバタバタした風景でした。あの子猫は外に遊びにいったのかもうどこにもいませんでした。我々も先を急ぐため写真も撮らず足早に「やどかりハウス」を後にしました。記念に買ったロゴ入りＴシャツはお気に入りでしたが、直ぐに着つぶしてしまい、今や「やどかりハウス」のなごりはどこにも残っていません。

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亀の話（２００５年春号）

神社やお寺など人工の池でよく見かける亀ですが、実際ふつうの川や田んぼで見かけることはほとんどないのではないでしょうか。
亀はこども（男子）にとって人気の高い生き物です。やはり甲羅を背負っているところなんかが怪獣的な武闘派なイメージとユーモラスなイメージを与えるからでしょうか。
自分の周りでも亀をかっている子は多かったです。あるものは水槽、あるものは洗面器、またあるものは甲羅に鎖をつけて庭に飼っていたりしました。けれど、そこは亀のこと、たいていスミっこや水の底でジッとしていることが多く飼育が地味なので、その人気とは裏腹に周りに知られることがほどんどなかったようです。
今では海外からいろんな種類の亀が入ってきていて選ぶのも一苦労ですが、当時は亀といったらイシガメ、クサガメ、ミドリガメぐらいでした。その中でも、甲羅が数ｃｍのイシガメの赤ちゃんはゼニガメと呼んで絶大な人気がありました。外来のミドリガメも小さくて安いので当時大流行しましたが、今日では寄生虫が染つるとか、日本に帰化して生態系を乱すとかですっかり下火になってしまったようです。個人的にはケバめの緑と派手な赤い模様がケイハクっぽくてあまり好きではありませんでした。今でこそペットショップで手頃な値段で手に入るゼニガメですが、”お魚をくわえたドラネコを裸足で必死に追いかける”サザエさん全盛の時代のことですので、近所の子供連中で隊列を組んで、川や田んぼを探索するしかありませんでした。しかし、どこにいるのか、あんなにメジャーな生き物なのにどこをどう探しても見つけることはできませんでした。それは、仮に捕まえた生き物にポイントをつけたとして、オタマジャクシが１０ポイント、フナが２００ポイントとすれば、亀は１００００ポイントぐらいの価値をもっていたといっていいでしょう。
そのときも、いつもより小規模の隊列で川という川を探しまわり亀の痕跡すら見つけられず、空振りに終わろうとしていたときのこと。ふと、田んぼの奥に小さな川を見つけました。道路からかなり慣れていて草木が生い茂っているために普段は見落としていた小川でした。道路から田んぼの細いあぜ道が小川まで続いていました。最後の望みをかけて、あぜ道を一列になって進んでいきました。自分は先頭から３番目だったとおもいます。あぜ道に沿って田んぼに水を導くための溝ほどの水路が流れていました。何気なくその水路の前方に目を落とすと、なんと、水の流れに逆らって小さな亀が堂々と水底を掘っているではないですか！！先頭の二人はまだ気がついていませんでした。興奮と誰にも取られたくないあまり、奇声をあげて亀の所有権をまくしたてました。皆、びっくしりして、くやしがりました。子供間では取り合いになることもしばしばでしたが、そのときは、すんなり自分の主張がとおって亀をゲットすることができたのです。それまでで、あの時ほど幸運を感じたことがありませんでした。
それから亀との生活が始まりました。それはゼニガメよりやや大きく、子供の手のひらに納まるぐらいのイシガメ（たぶん）で、名前はもっぱら「カメ」でした。普段は水槽のフタをあけるとパッと首を引っ込めるような気弱な亀でしたが、今思えば夜行性だったからでしょう。目のとどかないところではやんちゃで、よく脱走していました。ある時は脱走の翌日家の前の溝で、またある時は１週間後に庭のスミで、またあるときは２～３ヶ月間隣の家に飼われていたこともありました。
亀は丈夫なのでついつい世話を怠りがちになります。エサは１週間に１回程度で、それでも食べたり食べなかったり。水替えも２～３ヶ月ぐらいに１回のペースでした。それでも、ときどき「カメ」の甲羅をタワシで洗ったり、庭に滑り台付きの散歩コースをつくったりしてコミュニケーションをとりました。あるときは、近所に新築途中のコンクリートで固めた家の土台があって、そこに雨水がたまってできた深い水溜りに「カメ」連れていって遊ばせました。暖かい日射しの中でうれしそうに泳ぐ「カメ」の姿が印象的でした。
「カメ」を飼って４年が経ちました。子供にとってはずいぶん長い月日です。夏休みのこと、楽しみだった親戚の家に１週間ほど一人で遊びにいくことになりました。出がけに「カメ」の様子を見てみると、珍しく首をだしてジッとしています。水槽をコヅいても反応がありません。ハッとしてよく見ると水の中で口をあけたまま死んでいました。すぐには信じたくなくてそのまま親戚の家に行ってしまいました。すっかりそのことを忘れて家に帰ってくると悲惨な現状が待っていました。そこではじめて、ことの重大さに気がつきました。家族中から避難され一人で後始末するよういいわたされました。息を止め目をつぶり「カメ」の無惨な亡きがらを埋葬しながら、見捨てて一週間も放置した罪悪感と自分の愚かさを反省し、むかしいたあの水路で最後はのびのび生活させてあげればよかったと思ったのでした。

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釣リベンジ・ファイナル！（２００５新年冬号）

やっと自分で魚を釣り上げたのは、釣りに興味をもってから数えて７年後のことでした。
それまで、川釣りに挑戦しては、魔法の釣れないエサ”イクラ”や”イモネリ”で惨敗し、海釣りに挑戦しては、”根がかり”で惨敗していて、もう小学校を卒業し中学１年生になっていました。小学校から中学校への進学というのはちょっとしたカルチャーショックで、それまで慣れ親しんできた小学生の６年生の頂点から、一気に右も左もわからない新米１年生へ逆戻り。しかも、中学生の男子は全員丸坊主という制度があり、当時、ハウルみたいに長髪だった自分はドロドロになりそうなイヤな気分でした。しかし、いざ丸坊主になってしまうと、坊主頭の自分を見て笑う同級生も坊主頭なので、これは意外にスンナリと馴染んでしまいました。慣れてくるといちいち手入れの必要がなくて、小学生の頃のように散髪したての変な髪型を苦にすることもなく便利でした。
さて一番のカルチャーショックといえばやはりクラスメイトです。それまで２組しかなかったクラスが、他所の小学校からも集まってきて７組に増えました。数だけではありません。彼等の中にはそれまで小学校の常識をくつがえすようなスケールの持ち主だらけでした。それまで一番体のデカかった子よりもデカいヤツ。一番ケンカが強いヤツより凶暴そうなヤツ。一番のイジメられっ子より嫌われているヤツ。漫画家のように絵のうまいヤツ。足がメチャクチャ速いヤツ。この足の速さではトップクラスを自負していたので、トップ圏外にランクダウンするのを実感したときはショックでした。それはもう一度高校時代に格の違いというのを思い知らされるわけですが・・・。
とにかく、まわりは気のおけない知らない連中ばかりで、一から交友関係をつくっていかなくてはいけませんでした。
ようやくクラスの雰囲気にも慣れ、何人かとぎこちないながらも交友ができるようになってきた夏も始まる頃のこと、その中の二人がたまたま釣りに行く話をしていました。交友を深めるいい機会ということもありましたが、まだ若者にメジャーではなかった海釣りをする同級生がいることにうれしくて、飛び入りで一緒に連れていってもらいました。セキネンのリベンジに静かに燃えてはいましたが、もう他人をだしぬいて大物を釣り上げようという思い上がりはなくなっていました。ずっと部屋の片隅に眠っていた９８０円の投げ釣りセットと川釣り用の釣り道具を引っ張り出し、船で淡路島に渡り、さらにバスで小一時間。そこは島の先端で海以外はなにもないような寂しいところでした。あいにくの鉛空。歩いて海岸に出ると、打ち寄せる波はたくさんの海藻が漂っていて、岩場もテトラポットもないただの浜辺でした。ふつう川や池では障害物や地形・流れの変化するところが魚がいるポイントなのですが、浜辺は単調でどこに魚がいるのかさっぱりわかりません。常連の友達は手早く準備を整え、無造作に仕掛けを海に向かって投げ込みました。さすがに露骨に聞くわけにもいかず、見よう見まねと記憶を頼りに釣り竿の準備に悪戦苦闘していると、１０分もしないうちに友達は魚を釣り上げてしまいました。魚はアイナメといって日本中にいる釣り人にはおなじみの魚です。どうやら海の中は魚だらけのようです。コンガラガッた糸をほどく手にもガゼン力が入りました。ようやく準備ができて、おっかなびっくり投げ込むと、仕掛けは浜辺からほんの手前に飛んだだけでした。本当は十数メートル飛んだようですが広い海ではその程度にしか感じないのです。１．５m程の投げ竿では重い仕掛けを遠くに投げるにはそれぐらいが限界でした。常連の友達は４m程の竿で間をおかず次々と魚を釣り上げていきました。もうひとりは浮き釣りいでしたが浜辺にあったわずかな岩に足をのばして器用に釣り上げていました。自分の竿先も絶えず揺れていてここぞとばかりに引き上げるのですが、釣れるのは海藻ばかりです。合わせるタイミングが悪いのかと、糸を巻取るスピードをいろいろ変えていると、急に竿先がこれまでになく重くなりました。巻き上げる感触から海藻でも”根がかり”でもありません。ひょっとしたらの期待は一瞬だけでした。打ち寄せる波の中に透かして黒いドッチボールの様なものがこちらに転がってくるのが見えました。引き上げてみるとそいつは特大の黒っぽいグミのようで、ところどころに意味のない突起がついている無気味な物体でした。よく見るとそれぞれの部分が勝手な方向にゆっくり動いており生き物のようです。気味が悪いので触ることもできず、食い込んだ針はビクともしません。そのうち黒い体から白い液体がでてきました。未知の生物を釣ったと大騒ぎしていると向こうチラホラいた他の釣り人がただ事ではないと駆け付けてきました。そして、その黒い生き物をみると「なあんだ」という顔をしてもどっていきました。それはどうやらここらでは珍しくもない海ウシだったようです。その反応を見て騒いでいた自分が恥ずかしくなってしまいました。ぽつぽつと雨も降り出して小さな橋の下で母親がつくってくれた弁当を食べました。弁当といえば決まって巻寿司です。まだコンビニがなかった時代でした。
雨も落ち着き、釣りを再開しました。さっきの騒ぎから落ち着いてみるとそれまで魚の当たりだと思っていた竿先の揺れは波と潮と地形のいたずらであることに気がつきました。今度はアタリとおもってもそのまま無視することにしました。すると竿先がブルブル横に震えて明らかに違った動きをしました。慌てて引き上げると糸を通してアイナメの生々しい感触が伝わってきました。それが最初の実釣り体験です。結果は常連の友達が約３７匹、もう一人の友達が約９匹、自分は２匹と海ウシでした。その後、その友達と釣りにいくことはもうありませんでした。もっと親しい友達ができたからです。しかしこの釣りでリベンジを果たし釣りの情熱も復活、後にたくさんの釣りのエピソードが生まれていくことになるのでした。

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岩屋のタコ釣り（２００４秋号）

　　　　イラスト：きら
岩屋は瀬戸内海最大の島”淡路島”の玄関口の一つで明石～淡路間を結ぶフェリーの発着港です。淡路島は明石海峡を挟んで地元”舞子”の目と鼻の先にあり、昔はこのフェリーがこの近くから淡路に渡る唯一の交通手段で、目の前にありながら滅多に行くことはありませんでした。岩屋港にはすぐ目の前の海岸に大きな岩山が立っていて、淡路島といえばこの岩山を思い出させます。ある夏のこと、珍しく家族で淡路島に海水浴に行くことになりました。それまで淡路島にいったことがなく、いつもの子供時分の悪いクセで、それ程の遠出だから、さぞかし海はどこまでも遠浅で、透きとおるように美しく、魚は手づかみできるほどたくさんいることだろうと過剰な期待をしてしまうのでした。
当日、始めて乗るフェリーにハシャギながら岩屋港に着くとすぐ近くの海水浴場にいきました。本当はバスでもっと遠くにいけばきれいな海水浴場があったのですが、親がめんどうクサかったのか、思い出の場所だったのか、だれかがダダをこねたのか、とにかく、その岩屋の海水浴場は普段となんの変哲もない普通の海水浴場でした。海は深く、塩辛く、深緑に濁っていて魚などどこにも見えませんでした。それでも夢中で波と遊んでいると、首や肩は日焼けでヒリヒリして、それに海水がかかって更に痛くなので、３時も過ぎると自然と帰り仕度です。フェリー乗り場へ行く途中にあの岩山のところへ立ち寄りました。すると海沿いにたくさんの人でにぎわっている建物がありました。中に入ってみるといくつもの大きな水槽があり、人々が手に小さな釣り竿をもって歓声をあげていました。水槽の中を見るとタコでいっぱいでした。それはタコの”釣り堀”で引っかけバリでタコを釣り上げるものでした。大小様々なタコがいて、底でジッとくっついてるヤツもいれば、活発に泳ぎ回るヤツもいます。あるタコなどは水槽をはい出して脱走をはかるヤツもいて、実際１匹は漁師の目を逃れて海へ逃げていきました。珍しく親も興味をそそられたらしく自分達にやってみるよう勧めてきました。泳ぎ回っているのはダメで、ジッとしているヤツがねらい目のようです。しかしタコは相当力が強く、大きいのを釣り上げようとするとハリは折れてしまいました。自分は赤ちゃんダコが欲しかったのですがさすがにいませんでした。それより、興味を引いたのは別の水槽で、それにはいろいろな海の魚が放してあって、ちゃんとエサのついた釣バリで釣るものでした。タコ釣りより難しそうでしたが、すんなりＯＫしてくれました。こっちには赤ちゃんフグやカワハギがよってきてエサをつつきまわしていてそれが欲しかったのです。しばらくして強いアタリがあり慌てて引き上げると、エサだけかじられて逃げられてしまいました。その間兄達は何とか自力でタコを釣り上げたようです。親がもう一度タコ釣りのチャンスをくれました。自分は少しでも小さいタコを釣り上げようとしましたが、結局糸が切れてしまいました。それでも、漁師さんは一匹サービスしてくれました。魚はだめでもタコはサービスしてくれるのです。さすが明石ダコで有名な土地だけはあります。
中ぐらいの元気なタコを３匹ビニール袋にいれて持って帰り、どうやって飼おうかと思案しながら（自分だけ）、家について出してみると白っぽく色が変わってほとんど死んでしまっていました。その夜はタコ料理でしたが食べる気になりませんでした。
それ以来、岩屋のタコ釣りのことが忘れられず、何度も淡路にいきたいとおもいましたが、なかなか来る機会が得られず、中学生ぐらいになって久しぶりに訪れた時にはあの建物は影も形も無くなっていました。いまではあのタコ釣りが岩屋だったかどうかも怪し気です。
明石ダコは今や高級魚の一つで、庶民の味方のたこやきの具はインド産のタコでまかなっている状態です。そのタコも日本向けに取り過ぎて激減しているとかいないとか。昔のようなタコの釣り堀もあるはずがありません。そして、淡路島と本州は世界最大の吊り橋”明石大橋”がつないでいます。夜は虹色にライトアップされ綺麗ですが、淡路への移動が便利になったのかどうかはわかりません。それでも、岩屋港はいまでも明石と淡路を結ぶ重要な玄関口の一つです。

”科学”の付録（２００４夏号）

学研のおばちゃんで有名な”科学”と”学習”は小学生の頃、唯一親の公認のマンガ雑誌？でした。
お年玉ぐらいしかお小遣いがなかった当時ですが、そのお金も自由に使うことができず、たまにマンガを買えば父親からイヤミをいわれる始末。そんな中、毎月母親から渡される学研は親の前で堂々と読めるマンガ雑誌なのでした。学研は”科学”と”学習”の２つがあり、簡単にいえば”科学”は理科・数学系の科学誌、”学習”は国語・歴史系の文学誌でした。親からはじめどちらか一つを選ばせてくれました。”学習”は文字だらけ、”科学”は絵解き解説が多く、２つの連載マンガが掲載されているので、当然のことながら”科学”を選びました。中には”科学”と”学習”の両方とっているリッチな同級生もいましたが。
また、この学研には毎月雑誌の他にそれぞれ”付録”がついていました。科学の”付録”は簡単な物理や化学を利用したおもちゃで、楽しみながら自然科学の原理を理解しようするものだったのでしょう。学年に合わせて付録の内容も高度なものになっていきましたが、本物の子供向けマンガ雑誌の付録やプラモデルの魅力には遠く及ばないものがほとんどでした。それでも、たまに”付録”の中にもとても楽しみなものもありました。「楽しみな」というのは自分の兄弟はそろって”科学”を買い与えられており、付録の内容が毎年それ程変わらないからです。兄が５年生だった頃の付録は、自分が５年生になっても、だいたい同じ内容の”付録”なのです。その楽しみな”付録”の一つが”ブラインシュリンプの飼育セット”でした（人骨標本は大嫌いな付録の一つでした）。当時の”科学” の”付録”の中では唯一の生物をあつかったものでした。水に海水の素をいれて、パウダーのような乾燥卵を入れてやると２４時間で１ｍｍぐらいの小さなプランクトンが孵化します。これを上手に育てると１ヶ月ぐらいで１cm前後のシュリンプ（エビに見えませんが）に成長します。さらに上手に育てると卵を生んで子供が生まれるというのです。たった一ヶ月で大人になるこの不思議な生物の飼育っぷりを兄達の側でうらやましく眺めていました。しかし、毎日バタバタと死んでしまって、ほとんどうまくいかないようでした。ついに同じ学年になって自分の出番がまわってきました。飼育セットはリニューアルされておりシュリンプを集めておける”観察タワー”なるものが付いていました。先の兄達の不名誉な結果を教訓にして解説書を読みながら慎重に飼育を進めていきました。しかし何回か挑戦しましたが２週間もしないうちに全滅してしまいました。同級生に聞いてみると、中には普通に５～６匹大人に成長して子供まで生まれたようです。何がうまくいくコツなのか結局全然わかりませんでした。
あの不思議な生き物ブラインシュリンプも、今では自分にとって魚のエサとしてたいへん馴染み深いものになっています。しかし、やっぱり大人にするコツは今でもあんまりわかっていません。多分、あたたかい水温と豊富なエサでしょうか？
１～６年生まで、ずっと残して何度も読み返した学研の”科学”は今は一冊も残っていません。しかし、それは単なる”トリビア”ではない、ためになる予備知識をたくさん与えてくれたようです。そして自然や科学に対する興味や親しみを植え付け、今日の自分を決定づけたといっても過言ではありません。それはおそらく両親のねらい通りだったのでしょう。今思えば文字や数字を読み飛ばさないで、もっと隅々まで読んでいればもっとすばらしい道が開けていたのではないかと、とても懐かしくおもう今日この頃です。

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マリンアクアリウムとインターネット（ついに１執念記念号）

マリンアクアリウム（熱帯海水魚飼育）を初めてもう５年になりました。こんなに長く続いているのも丈夫な魚達と、この「えび部屋」のおかげです。
「えび部屋」はマリンアクアリウムの半年ぐらい後に開設したので、４．５年ぐらいの歴史ですが、始めるきっかけはマリンアクアリウムとほぼ同じで、ホームページをするためにマリンアクアリウムをしたといっても過言ではないのでした。
パソコンは１０年以上前から始めていて、当時ＮＥＣのＭＳ－ＤＯＳが全盛の頃にあって、研究室にあったマックの使い易さ（クリック＆ドロー）にハマり、社会人になって晴れてマックユーザーになりました。自分の好みにシステムアップできたり、バグった時も爆弾マークがでてお茶目なマックでしたが、大学の論文づくりとは違い、個人でパソコンを楽しむ方法がなかなかみつかりませんでした。ゲームソフトはファミコンより遥かに高価だし、ワープロソフトも住所録を作成するぐらい。グラフィックソフトも手で書いた方が遥かにイメージどおりでした。できることといえばコントロールパネルイジリか、メモリーの増設ぐらいですが、地味で内にこもるものばかり。唯一外に向いているものといえば、ニフティーサーブぐらいでした。ニフティサーブはインターネットの前身のようなものでニフティ会員が電子メールの交信をしたり、同じ趣味を持つ会員が集まってフォーラムを開設し掲示板で意見交換したりチャットするものでしたが、しょせん文字の羅列で直ぐに読み疲れてしまうのでした。マックを使って熱中すること見つけようといろいろなソフトを買いましたが、ほとんど使うこともなくすぐにバージョンアップする日が続きました。
そのうち、ちまたではインターネットという言葉が頻繁に聞かれるようになってきました。全世界のネットとつながり世界の人々と自由に交信ができると、今聞けば少しオーバーに感じますが、自由にレイアウトされた絵や写真や文字を見れることが画期的でした。ちょうどできたばかりのローカルのプロバイダに加入しインターネットをはじめました。しかし、まだ日本のサイトは充実しておらず、当時の話題のサイトといったら、○○大学のコーヒーポットの残量がどうなっているかとか、今晩の夕食のレシピの検索ぐらいなものでした。インターネットのサイトがどんどん充実し大容量になり動画なども表示できるようになると、クロック周波数２５KHzでがんばっていた初代マックも、ローカルプロバイダも、時代の流れに勝てず閉鎖？に追い込まれてしまいました。パソコンの性能が十分に上がりインターネットが十分世の中に浸透したと思った頃に、マンをジして２代目パワーマック（中古）を購入し、ようやくインターネット接続サービスを始めたアットニフィティに加入しました。これで楽々インターネット生活になるかと思えば、実際にはシステムや接続環境がうまく噛み合っておらず、インターネットの再開にずいぶん苦労しました。繋いでからもそれほど快適ではなく、回線が混合っている時はガチガチにフリーズしまくりました。こんな風にメディアの世界と現実の世界には微妙にズレがあって、「今や時代はインターネット」とか「最新モデルで快適インターネット生活」とか「買ってその場でインターネット」とか、そんなフレーズも有効なのはほんの一部の環境だけで、実際は客引きがメインなのです。自分の場合ほんとうにインターネットが快適に使えだしたのは、ついこの間のＡＤＳＬのサービスができてからでした。
インターネットを始めたときは、ホームページを開設することは全く考えていませんでしたが、平日は仕事、休日はゴロゴロとして、なんとなくハリがなくて、物足りなさを感じていました。何か熱中できて長く継続できるものがないものかと考えていると、あるときホームセンターの熱帯魚コーナーに目がとまりました。熱帯魚は昔からチャレンジしてみたいものの一つでしたが、生き物を飼うための束縛や今の部屋にいつまでいれるかわからない不安で、なんとなく踏切れませんでした。何よりどんなにすごい熱帯魚の飼育に成功してもひとりで満足することしかできないことがイヤでした。そのときふっとインターネットのホームページのイメージが浮かびました。魚をどれぐらい活かしておけるかインターネットをとおして紹介し、育てた歴代の魚達の記録として残す。そうすれば継続もできるできるし、自分自信励みにもなる。また、見る側の人もゲーム感覚で気軽にチェックしながら楽しんでもらえるのではと思ったのでした。魚は趣味の海釣りの獲物も飼えるので海水魚にしました。こうして、ほとんど経験のないままマリンアクアリウムがスタートしたのでした。
今の魚達はホームページ「えび部屋」に、また、「えび部屋」は魚達に、そして開設者は魚達と「えび部屋」とそれを訪れる人達に支えられております。感謝。

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春の小川にて（５月号）

冬の気配が跡形もなく去って、大地と空気がポカポカと解きほぐされると、地面からむせるような土と緑のエキスがいっせいに吹き出して草木が生い茂り、頭のツムジの方からヒバリがピーチク聞こえだします。そんなのどかな春の息吹の中でも、川はまだ奥山から冷たい雪解けの水が運ばれてきて少し冷たかったりします。この頃は、いつもは腿まである川も、田植えの準備なのか、水位調整なのか、足首の深さまでしかないことがあり、そんなとき、一匹の大きなフナが長い冬の間ジッとしていた寝床からフラフラと抜け出てきて、川のまん中でボンヤリと寝ぼけていていることがありました。子供にとっては、いつもはめったにお目にかかれない大物を捕まえられる思いもかけないチャンスです。なんの準備も無しに、裸足になって川下から近づきました。いつもなら１mも近寄れないのに、足下まで近づいても流れに逆らいながらただジッとしています。はやる気持ちを抑えて、慎重に両手をのばし、タイミングをはかって一気にフナにつかみかかりました。しかし、ヌルヌルする体であっさりとすり抜けてしまいました。ガッカリしていると、フナはめんどくさそうに１mほど先を泳いだだけでまたジッとしています。今度は川底に転がっていた穴のあいたバケツを拾ってきて、うまくバケツに誘導して捕まえることができました。仲間に家まで入れ物を取り行かせ、戻ってくる間、川のまん中で小１時間ほどボロバケツを支えていたのでした。
ずっと小さかった頃、兄とおつかいに出かけたとき、田植えが終わった田んぼや水路に思いがけず変わった生き物をたくさん見つけました。カブトエビといって、１～２cm程度のクネクネと活発に泳ぎ回るヤツで、毎年ではなく、数年おきに大発生するようです。国の天然記念物カブドガニを思わせる、まさしく古代生物のような姿に一目で気に入ってしまいました。これまた、なんの準備もないまま、捕まえて持って帰ろうと夢中になっていると、田んぼで仕事をしていたおばさんに農薬をまいているからと注意されてしまいました。それでもあきらめきれずにダダをこねていると兄は農薬と聞いておっかなびっくりしながら葉っぱを使ってチマチマ苦労して一匹すくいあげてくれました。しかし、そもそもビニール袋もなく水を持ち帰ることができなかったので結局あきらめるしかありませんでした。それから、数年後、またカブトエビが現れると、今度は準備万端、仲間を募ってカブトエビ討伐隊を編成しました。しかし、前回ほどウジャウジャといなかったのでなかなか成果があがりませんでした。そこで、カブトエビの大群を探しに、未だいったことのない田んぼの狭いあぜ道を奥へ奥へと進んでいきました。すると、前方に見たことのない蛇とバッタリ出くわしました。首には赤や黄色のどぎつい模様があって、いかにも毒毒しい蛇でした。一瞬ひるみましたが、勢いづく討伐隊の後方からの容赦のないアオリを受け、足音に驚いて逃げるだろうとしかたなく蛇に近づいていくと、逃げるどころか鎌首をもたげて、こちらに向かってきたので悲鳴をあげてみんな一目散に逃げ帰ったのでした。

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釣リベンジ（４月号）

初の釣り体験で現実の厳しさに打ちのめされて以来、すっかり釣り対する期待度が薄らいでいましたが、その後もリベンジする機会を密かに狙っていたのでした。
ある日、ちょっとした勢いで担任の先生のアパートにクラスの６～７人の仲間と遊びに行くことになりました。コドモコドモしている普通の小学生より少しマセていた（めだちたがり）ので、ちょうしのいい一言がきっかけになって、おしかけることになったのでした。１、２年生の小学生が、子供心にあこがれる先生の、しかも、一人暮らしの女性のアパートにプライベートで遊びに行くという行為がとても大胆でイケナイことに感じられ、みんなウキウキしたのでした。部屋にはあまり長い時間あげてもらえませんでしたが、先生はみんなにカルピスをつくってくれました。１ドアだけの小さな冷蔵庫とモンチッチ風人形が印象に残っています。その後、近くの川で遊ぶことになっていました。自分は先生や仲間達の前でいい格好を見せようと、一人だけ自慢の釣り道具で手釣りをすることにしていました。前日、母親に無理をいってイモネリを作ってもらいました。イモネリはじゃがいもを蒸かしてすりつぶした万能のエサらしいのですが、本当のイモネリの作り方を誰も知らなかったので、いざ川で試してみると、前のイクラの時のように針にひっかからず、水の中で空しく溶けていくのでした。みんなが釣りの見学に飽きてしまい、ひとり焦っていると先生はさりげなく励ましてくれて、釣りをあきらめ、みんなと一緒に河原で楽しく遊んだのでした。
その後、川の少ない神戸に引っ越してしまい、２度と手釣りをすることはありませんでした。バスで駅前まで行くと海がありましたが、テトラポットに打ち寄せる波が荒くて（川に波はたたないので）手釣りをする気はおこりませんでした。５、６年生になった頃、海釣りに目覚めた兄の影響で自分も釣り竿を買ってもらえることになりました。それまでは糸と針とオモリの手釣りの道具しかありませんでしたが、ついに釣り竿とリールが手に入ることになったのです。しかし、それまでの川釣り用の道具と海釣りの道具はまったく違うものでした。づけづけと高級な釣り道具を手にする兄を他所に、自分は小さな海釣りセットを買ってもらいました。これは１．８mの継ぎ竿にリールと簡単な投げ釣り用の仕掛けがセットになった一番安いもので、そのコンパクトさが気に入ったのでした。
さっそく兄と海へ出かけました。兄は一般的なオモリを使って遠くにエサを飛ばす”投げ釣り”の仕掛けを教えてくれました。海釣りはまったくの素人の自分が準備に悪戦苦闘している間に、兄はさっさと準備を済ませて意気揚々と一投しました。するとバキッと音がして新品の高級釣り竿はまっ二つに折れてしまいました。欠陥品だったのか、投げ釣り用の竿ではなかったのかは今も不明です。ただ、必死で壊れた竿を回収する兄が気の毒で気まずくなってしまいました。兄に気をつかいつつ、「釣りキチ三平」の遠投競技シーンを思い出して、サイドスローから投げてみました。オモリは真横に飛んで、隣で釣りをしていたおじさんをかすめていきました。慌てて巻取ると今度はそのおじさんの釣り糸と絡まって”お祭り”になってしまうのでした。それから、おとなしく普通のオーバースローで投げましたが２０mも飛びませんでした。しばらくして巻き上げると糸が引っ掛かって（”根がかり”）、ビクともしません。綱引きをするように無理矢理引っ張ると、糸がスッと空気のように軽くなり、針もオモリもなくなっているのでした。どうやらポイント選びが悪くて、速い潮に流されたオモリと針は海中の障害物に引っ掛かっているようでしたが、もちろん、素人にはそんなことはわかりませんでした。その後も、何本も新しい釣り針とオモリは”根がかり”の餌食になりました。極め付けは、釣り道具を入れた紙袋を釣り針に引っ掛けたまま投げてしまい、残りの仕掛けとオモリは、哀れ海の藻くずと消えてしまったのでした。
そんな中、足の一本ちぎれたヒトデが釣れました。初めて釣ったヒトデでしたが、以外に堅くて触手が気持ち悪かったのであまり嬉しく思いませんでした。結局、魚は一匹も掛からず散々な初の海釣りに、またしても、敗北感を味わったのでした。

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水族館荒らし（３月号）

世の中にたくさんの博物館（？）がありますが、一番魅力的なのはもちろん「水族館」です。八景島、葛西、サンシャイン、東京タワー、品川、東海大、男鹿など、これまでいろいろな水族館を訪れましたが、最初にお世話になったのは小学校の遠足でも定番だった「須磨の水族館」でした。今ではすっかり改築され「水族園」にレベルアップしていますが、昔の狭くて薄暗くてジメジメした雰囲気の「水族館」の方が思ひ出深かったです。いま思えば、動物園にも、植物園にもない水族館の魅力とは、そういったオドロオドロしさだったように思います。暗闇に浮かび上がる水槽。そのひとつひとつには奇怪な形の生き物達が悠然と漂っていて、重力から解放された水の中では、それぞれが勝手気ままに姿を変えて、ひらべったかったり、にょろにょろしたり、足がたくさんあったり、ぶよぶよだったり、トゲトゲだったり、毒があったり、しまいにはデンキまで出す始末。子供の時分に、そんな奇妙な生物が同じ地球上に実在する証拠を見せられては、ゴジラやキングギドラの存在を確信するのもしかたがないことでした。極め付けが、最後に待っている標本コーナーでした。白く変色したホルマリン漬けの標本や、クジラの全身骨格の標本など、無気味な上に大迫力なので、怖がりだった当時も、ついつい恐いもの見たさで見てしまうのでした。そしてこの標本コーナーには特に人の目に触れるように展示されている”ノコギリザメ”という魚の標本がありました。こいつは鼻先にギザギザのキバというかツノがついていてまさしくサメにノコギリを人工的にくっつけたような、まるでヒーロー特撮ものにでてくるミュータントです。こうなると、ついには悪の秘密結社の存在まで確信してしまうのでした（これは実際にありそうな気もしますが）。ところでこのノコギリザメ、標本にするぐらい貴重な魚なんでしょうか。ホルマリン漬けといっても年が経つとのだいぶイタミが進んでいるようでした。いつか生きてる姿を見てみたいものです。前にリュウグウノツカイという深海魚が生きて泳ぐ姿をビデオで紹介していたことがありましたが、蛇のエイリアンのようなその魚がユラユラ漂う姿に久々に肝をつぶしたものでした。とにかく、海の生き物は何でもアリで神秘的です。
　それから、月日が経って一人で自由に行動できるようになると、ヒマを理由にいろいろな水族館を転々としました。しかし、いい歳をしてさすがに水族館には行きづらくなっていました。水族館は家族連れ、カップルの巣窟です。しかし、見ているのは魚ではなく、自分の子供やカノジョのリアクションだったりします。実は当の子供やカノジョも魚なんかほとんど興味はなく、いつもとは違った薄暗い雰囲気に奇声を発したり、女の子らしさを演出したりと、魚そっちのけで盛り上がっていて、かわいそうに魚達（と自分）は主役であるはずの水族館の中で浮いた存在になってしまっているのでした。
　夜の水族館なんていうのも是非いってみたいものです。今年の６月には「男鹿の水族館」がリニューアルオープンするそうです。

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大学受験（２月号）

受験シーズンまっただ中です。毎年訪れるはずのこの過酷な時期を気にしなくなってもうだいぶ年が過ぎました。
いま受験生は自分の将来が決まる重要な分岐点に立ち、焦りと不安の中で多くの見えないライバル達と争っていることでしょう。
高校生だった当時、まだ、将来の自分の人生設計をどうしようかなんてぜんぜんイメージすることができませんでした。ほとんどの人がそうだったのではないでしょうか。高校２年になると進路指導が始まって、担任の先生に「将来どんな職について、どんなことをしたいか？」ともっともらしい質問をされたのですが、そもそも職の種類はもちろん、社会のしくみもロクにわからないのに、まともな答えなどだせるわけがありません。「人形ロボットをつくりたい。」「こわれた車や電化製品を自分で直せるようになりたい。」「百姓や漁師とまではいかないが、動植物に関わる仕事をしたい。」といった漠然とした願望を述べると、冷たく「自力で探せ。」といわれてしまったようにおぼえています。
　昔、子供のなりたいものといえば、スポーツ選手、パイロットといった、かっこいいものが定番でした。優等生なら医者やノーベル賞科学者。親思いなら家業や銀行マン。食いしん坊はケーキ屋。女の子なら花屋さんかスチュワーデスといったところでしょう。幼稚園の頃、月に１回お誕生日会というのがあって、その月の誕生日の子を集めてみんなでお祝する行事がありました。友達と一緒の写真と自分の手形と将来なりたい職業と、先生からのメッセージの入ったお誕生日カードをもらい、みんなからお祝されるＶＩＰ気分を味わえる憧れの行事でした。１２月生まれだったので、待ちに待ってやっと自分の番が回ってきました。将来何になりたいかと先生に優しくきかれましたが、そのとき、どういうわけか何も思い付かず、周りの友達に勧められてパイロットになりたいと書きましたが、実はあまりなりたいと思いませんでした。実際、子供はその場のイキオイだけで思考力が芽生えていないものなので、年月が経つとだんだん如何に現実がキビシて自分がアサハカなのかを思い知ります。それなのに、将来の夢を何回も作文に書かせたがる先生や目を細めて聞きたがる世間の大人達はほとんどイヤガラセです。そうかと思えば、時々、子供の頃に読んだ野口英夫とかの自伝に感動し本当に医者になってしまう人がいます。そういう人は本当に尊敬すべきイキオイの持ち主です。
結局、その高校の進路指導は、（一応、進学校なので、）将来、めざず会社にはいっても、やりたい仕事がしたいなら大学にいくしかないぞといいたかったようです。３年生になると自分を含めほとんどの生徒はまんまと大学受験を選択しました。どの学部にするかで将来の職が決まるので、学部の選択は最後まで悩みました。最後に２つの選択肢が残りました。一つは物を作ることがすきなので工学部。もう一つがなんとなく楽しそうな水産学部です。それは自分の将来にとって現実か夢か、都会か田舎か、金か自由かといったまったく正反対の人生の選択肢に思われました。工学部は大学の難しい授業と、サラリーマンとしての過酷な仕事が待っていそうですが将来が有望で就職先も多く、お金と生活には困らないでしょう。習慣的に休みもとれプライベートでは現代の流れにのり世の中の流行や話題に取り残されることもありません。かたや水産学部はどんなことをするのかよくわかりませんが、魚の生態を調べたり、捕ったり、養殖したりして一風変わった学生生活は肩が張らず楽しそうです。なにより以前から興味のあった海の生物（微生物からイルカまで）についてなにか面白い研究ができそうです。しかし、就職先は漁業組合とか食品加工業とかに限定され、給料も安く生活は楽ではないように思えます。俗世間を離れてヨソ者のこない片田舎で魚とニラメッコし、世の中の動きに取り残されていくかもしれません。
　そんな夢見がちの悩みも、国公立受験の第一関門である共通一次試験の結果を知ると吹っ飛んでしまいました。当時の国立大学の試験は１月の共通一次試験と２月の共通二次試験があり、共通一次は同じマークシート問題を全員が受け、共通二次は各志望大学の試験を受けるもので、共通一次と二次の結果を合計して合否判定が決まりました。日程が同じなので１年に１つの国立大学しか受けることができず、そのため、共通一次試験の結果が志望大学を決める最後の決め手となっていました。結果は偏差値５０前半のごく平凡なものでした。平凡ということは工学部か水産学部かという以前に入れる大学がないということでした。それまで受けた模擬試験からも明らかでしたが、いやいや机にカジリついて将来に現実逃避している人間に奇跡はおりませんでした。それからたくさんの学校の同胞たちと、さらに一年、過酷な予備校生活がスタートしました。こちらは、次の受験に勝つことをだけ考えさせられ、徹底的に今と現実しか見せないシビアな世界です。おかげでその年は狙った水産学部は楽に入れるレベルにまで成績があがりました。しかし、結局、気になっていた水産学部の活動内容やその後の将来性について何もわからず、不明瞭な夢より堅実な将来を選んだのでした。
水産学部のことはその後の大学生活ですっかり忘れてしまっていましたが、あのとき工学部を選んだことがいまのプライベートの「えび部屋」につながっているのでしょう。

シーラカンスと怪獣ばるごん（新年号）

シーラカンスといえば４億年も前から変わらぬ姿で今も地球に住み続けている生きた化石と呼ばれる古代魚で、地味な体色と独特の長いヒレを持ったいかにも古めかしい感じのする魚です。またこの魚は、魚でありながら肺呼吸する機能ももっていて両生類へ進化する過程を証明する重要な魚としても有名です。このシーラカンスとは、これまでの人生の中で３度運命的な出会をしました。
そして、怪獣バルゴンといえば口から吐く冷凍液で大阪城を凍らせ、七色の怪光線を出す「ガメラシリーズ」で有名な大怪獣バルゴン・・・・ではなくて、小学生の頃につくったオリジナル”癒し系”キャラ、それが「怪獣ばるごん」です。元祖”癒し系”として時代を先取りし、クラスの一部で絶大な？人気を得たこの「怪獣ばるごん」とシーラカンスの間には深～い関係があり、その後の人生にも大きな影響を与えたのでした。
シーラカンスとの始めての出合いは小学生１～２年生のころ、友達が学校の図書室で借りた本がきっかけでした。当時いた加古川の学校は１学年が１０クラスぐらいある大きな学校で、田舎のクセにいろいろな施設が充実していました。図書室も本の種類は豊富だったと思います。毎週１回「図書の時間」があって、好きな本を次の週の「図書の時間」まで借りることができました。その本は普通より大きめのハードカバーでページ数が少なく薄い本でした。中は見開きいっぱいに絵本になっていて、何億年も昔の生き物の当時の様子を絵にして進化の過程を解説している絵本というよりは図鑑といえるものでした。内容はマグマの地球からスタートし、雨が降って生命の元を含んだ”海”ができ、バクテリアやアメーバが誕生し、海藻やクラゲになり、三葉虫やアンモナイトが誕生し、堅い殻をもった甲冑魚が生まれ、背骨を持った魚があらわれ、肺呼吸する両生類に進化し、は虫類となって陸に進出し、恐竜となって地上を支配し、絶滅してほ乳類が生き残り、人類に進化するまでを解説してありました。何より目を見張ったのがその絵のうまさでした。まるでタイムマシンで写真をとってきたようなリアルなイラストに子供ながらに感動しました。ゴジラやウルトラマンが全盛期の怪獣ブームの頃で、男の子ならだれでもハシカのように一時期は恐竜に夢中になる時期があって、ブロントザウルスやティラノザウルスは知っていましたが、堅い甲羅に覆われた魚や、ブーメランのような頭のイモリなど、大昔の不思議な海の生物についてはほとんど知らなかったので、その本は大人気になりました。特にウミサソリが一番人気で、粘土でつくってみせる子も人気者になりました。その本は２～３冊シリーズ化されていてその中の一つがシーラカンスの本でした。結局いつも先に他人に借りられていて学校でそれらの本を借りることはできませんでした。
２回目の出合いは近所のみんなと市営図書館に初めていったときでした。学校以外の図書館はかってがわからず、何を借りていいのかもわからず、とうとう帰る時間になってしまいました。他のみんなは借りる本を決めて手続きを済ましていて、心配して集まってきました。独り焦って手にした本は、運悪く気味の悪い絵の描かれてある絵本です。実際、子供の頃はガイコツだけでもビビる程の極度の恐がりでした。テレビ、マンガ、新聞／広告など、昔は結構ストレートに表現することが多かったように思います。学校でも恐い表紙の本を見つけた本棚には近づきませんでした。
「この本にするの。」と独り決まらないのを心配した親切丸出しな職員のおじさんに聞かれ、やむなくうなずいてしまいました。次の返す日になるまで机のヒキダシの底にしまっておこうと心の中で思いました。そうして本を借りる手続きをしてもらっているとき、ふとそばの返却棚にある本が目に止まりました。あの学校で借りれなかったシーラカンスの本でした。まさに天の助け！！不思議な力の存在を感じました。けげんそうなおじさんをしり目に間一髪で本を交換してもらい家に帰ってじっくり読みました。その本は他のシリーズとは一風変わっていて、シーラカンスを主人公にした物語りでした。何億年も昔の海の時代に進化を経て魚の頂点にたったシーラカンスが長い苦難の果てに生き残り、そして最後には長い年月を経て２０世紀に漁船のアミにかかるまでの話でした。その後、残りのシリーズ本も全部借りて読むことができました。
最後の３回目は転校した神戸の学校の図書室で偶然見つけたときでした。神戸の小学校は１学年が２クラスしかない小さな学校で、図書室も思いのほか小さく感じました。小学校の高学年になっても文字が嫌いで１ページ毎に挿し絵がない本は読む気がしなかったので、小学生のバイブルである”明智小五郎”シリーズや”怪盗ルパン”シリーズなどはほとんど読みませんでした。さすがに読む本がなくて困ってしまい、いつもは探すことのない図鑑や科学辞典のある本棚をあさっていると偶然あの懐かしいシーラカンスの本を見つけたのでした。薄っぺらい本のため気がつかずに、転校してから数年が過ぎていました。高学年生にもなると世間のうまいイラストに接することも多く、自分の絵のヘタクソさを嫌でも知ってしまう時期です。友達の顔を描けば見たこともない他人になり、車を描けば凸の形で、大抵がペッタリとした平面の絵にしかなりません。実物と似ていないのがわかるだけに悲しいのでした。そんな経験を積んだ後に、あらためてこの本をみてみると、確かに絵の具なのにどうしてこんなに本物に見えるのかと不思議で興味が湧いてきました。そして、家で新聞広告のウラに何度もまねしてシーラカンスを描きました。そうすると、自分のラクガキが本のシーラカンスのように見えてくるには、どんな線があればいいのかがわかってきました。側で洗濯物にアイロンをかけていた母親に自分の描いたシーラカンスを見せると「あら、上手に描けたね～」とロクに見ないでいいました。しかし、このヒントが絵心に火をつけました。シーラカンスを描く要領で恐竜を描いてみると、なるほど恐竜らしくみえます。ある日、学校で描いた怪獣が周りにウケて「怪獣ばるごん」になりました。「怪獣ばるごん」は小学校を卒業するまで学級新聞、遠足のしおり、お楽しみ会など、いろいろなシーンで活躍しました。
このことがきっかけでイラストに強い興味を持ち始め、密かにマンガ家を目指すことになります。また本にも興味がもてるようになり毎年図書委員を勤めました。
－それからマンガ家はどうなったかって？絵の世界にはまた長い長いドラマがあるのですが「えび部千一夜」では語られることはないのでした。あしからず。

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美しい魚（１２月号）

虹のように美しい川魚を見たことがあります。べつに遠い南国のカラフルな熱帯魚ではなく、オイカワと呼ばれる日本のごく普通の川や池に住む珍しくない魚のようですが、不思議にあまりテレビで取り上げられることがなく、滅多に見かけることがありません。
この魚に初めて出会ったのは、まだ加古川に住んでいた頃でした。加古川は兵庫県最大の一級河川で、家はその下流のそばにありました。家の裏手に小高い土手があり、その土手を越えると大きくて緩やかな流れの加古川です。この加古川、家から一番近い川でしたが、あまり遊び場になりませんでした。荒れ放題の河原は起伏に富んでススキや雑草が伸び放題で、川は水たまりのように浅く、ゴロタ石の川底には魚どころか、オタマジャクシの姿も見つけることはありませんでした。魚がいない、ボール遊びや自転車を転がせない河原はあまり人気がなく、春のツクシや、夏の花火大会に注目されるぐらいでした。花火大会というのは、家からずっと下流に下ったところに大きな橋がかかっていて花火大会がよく見える場所で、いつもは車がビュンビュン走っていますが、その日は人でごったがえるのでした。ある日、犬の散歩の延長だったか、家族サービスのピクニックだったかで、その橋のたもとに家族で出かけました。橋のたもとの河原は少し整備されていて、川はダムのようになっていて背の低い滝になっています。ダムの手前は少し深くなっていて、流れはやや急になっています。子供の水遊びには少し深すぎます。川に魚の気配のないことを確認すると、早々に河原で遊んでいました。すると、父が脱いだ靴を手に持ってきました。靴の中は水がたまってビショビショです。見ると中に大きな魚がいて背ビレを覗かせていました。魚取りアミを使っても捕まえられない魚を、ただの靴で捕まえられる父の魚取りの才能に、なりより、ふだんは家でゴロゴロし、口喧しく、子供の遊びにはまったく興味を示さないはずの父が、靴を濡らしてまで魚を捕ったことにびっくりしました。魚をバケツに中を入れてみると、それはいままで見たことのない綺麗な魚でした。尻ビレは異常に長く、背中は青、腹は赤の縞模様、緑も混じっていました。金魚や錦鯉と違い、どの色も鮮やかで金属のような輝きがありまさに虹のようでした。魚といえば、フナやオタマジャクシの地味な色か、金魚や錦鯉の人工的な色しか見ていないので、魚のほとんど見かけない加古川にこんな美しい魚がいることに２度びっくりしました。夢中で見ているうちに、もう一匹つかまえたようです。ついにどうやって父がオイカワを捕ったかはわからずじまいでした。すごいお宝を手に入れた気持ちで大切にバケツを家に持ち帰りました。しかし、家に着いた頃には一匹が、１～２時間後にはもう一匹も死んでしまいました。魚を活かす道具も技術もないことを恨みました。
それから、オイカワに出会うことはありませんでした。実はその魚の名前がオイカワであることを知ったのは最近のことです。名前も知らないまま、遠い子供の頃の思い出として記憶の片隅に残っていました。あるとき、ふとその出来事を思い出し、半信半疑で図鑑や雑誌で探しました。手がかりは昔の記憶のイメージだけです。最初はなかなか該当する魚が見つかりませんでした。地味な川魚ばかりです。最終的に決め手となったのはあの異様に長い尻ビレでした。実はオイカワのオスは婚姻期になるとメスを引き付けるためにそのような鮮やかな色に変わるらしいのです。子供の頃のイメージが色褪せることなくきちんと記憶されていてなんだか嬉しくなりました。魚のコメントに、川に普通にいると書いてあったのはちょっとショックでしたが・・・。
日本には身近にいながらあまり知られていない美しいものが、まだまだ他にもいるかもしれません。

釣り入門（１１月号）

釣りに興味をもったのは幼稚園ぐらいの頃でした。釣りといっても、近所のガキ大将に、川や池に一緒につれていかれ、ウキの見張り番や、農場の肥料（牛フン）置き場のミミズ取りや、釣れる間の暇つぶしの余興をさせられたりするぐらいでしたが、いつも橋の上からしか見れない魚をバケツの中で間近に見ることができるので密かな楽しみでもありました。当時は小遣いはなく、あっても自由にお金を使うことも許されず、兄が親にねだって買ってもらった”釣り入門”の本の中の挿し絵を何度も繰り返し見ては、釣りへのあこがれをふくらますのでした。
　そんなあるとき、子供が橋の上でテグス（糸）に釣針とオモリ（当時は絵の具のチューブを切って使っていた）にごはん粒をつけて手釣りをしているのを見ました。これなら、子供の自分にも釣りができる！！と喜びました。
　それからお年玉や時々もらえるおやつ代を節約してせっせと小銭を貯め、親に許可をもらってデパートの釣り具売り場につれていってもらいました。そこは駄菓子屋と違い、沢山の釣り道具が上品に並んでいて、さすがに大人な雰囲気です。何度も眺めた”釣り入門”の挿し絵を思い出しながら、釣り道具を選びました。テグスは１．５号、ハリスは秋田キツネ。ウキはトックリ。オモリはカミツブシのセット・・・といった感じで、初めて触れるあこがれの釣り道具を自分の小遣いと相談しながら自由に選べる楽しさに有頂天になりました。ふと、店の一角に目がとまりました。そこは、ちょっと特別な釣り道具が並べられているいかにも高級そうな雰囲気の場所で、そこには、なんと例の”釣り入門”の挿し絵で見た、どんな魚も大好物だというイクラの瓶詰めが置いてあったのです。これさえあれば、どんな釣りの素人でも大漁間違い無しです。それは全資金の半分ぐらいをしめるほどでしたが、大きな錦鯉を釣り上げている自分の姿を思い浮かべると、迷わず買い込んで意気揚々と家に帰りました。その日、買ってきたものを見て母は物凄く怒りました。あろうことか、大金をはたいたあのイクラをとりあげ、冷蔵庫にしまいこんでしまったのです。兄は自分より高価なものを買っていたはずなのに、なぜ、自分だけが叱られなくてはいけないのかさっぱり理解できませんでした。イクラというのが、シャケの卵であり人にとっても高価な高級食材であると、そのときは知らなかったのです。自分の家の食卓に上がったことがないので無理もありませんでした。
　楽しい釣り道具選びが一転して不愉快なものに変わり、釣りへ情熱がいったん薄らいだものの、釣りの季節の終わりに、冷蔵庫からこっそり例のイクラを持ち出して、友達と釣りに出かけました。釣り場はそれまでいったことのない大物がいるというウワサの場所です。そこは大きな水門が川と用水路をせき止めていました。季節も過ぎていたせいか、他に釣り人はおらず辺りは寂し気でした。しかし、心細くはありません。こっちには最強のエサがあるのです。さっそく”釣り入門”で見た魚のいそうなポイントを見つけ、準備にとりかかりました。しかし、ハリス（釣り針と糸）は厚紙に頑丈にくくりつけてあって取り出すことができず、テグスは細く腰があって結びにくく、カミツブシオモリは糸からズレ落ち、ウキを止めるゴム管を通し忘れてしまうのでした。なんとか準備ができて、ようやくイクラのビンを開けました。ひと粒でも無駄にはできません。ところが、イクラが針に刺さった瞬間、プスッと中からオレンジ色の臭い液体が手につきました。イクラはしぼんで小さくひしゃげ、今にもとれそうに、皮一枚でぶらさがっています。貴重なイクラが台無しです。気を取り直して新しいイクラを取り出しました。しかし、何度やっても、挿し絵のように丸いイクラのまま針を引っ掛けることはできませんでした。ようやく、いびつな形ながら何とか針に引っ掛けられるようになり、今度こそ釣りの開始です。ワクワクと期待して川に投げ込むと、水面に小さな脂が浮いて、イクラのついた針は沈んでいきました。
　ところが、今度はトックリウキが立ち上がらず、横に寝たまま浮かんでいます。糸がウキにからまっていると思い慌てて引き上げてみると、イクラはもう無くなっていました。しまった魚にエサをとられた！魚の手ごたえを感じながら、ウキの状態を確認しエサを取付け、また川に投げました。やっぱり、ウキが横になったままなので引き上げてみると、また、イクラが取られています。どうやら底には魚がウジャウジャのようです。このままでは、イクラを魚に取られ放題なので調子の悪いウキを外しました。今度はテグスに伝わる感触が頼りです。神経を集中して魚のアタリを待ちました。１～２分、ドリドキしながら待ちました。 4～５分、ジリジリしながら待ちました。１０～１２分ソワソワしならがら、さすがにピクリとも感じないので引き上げるとエサがやっぱりありません。そんなことを何回も繰り替えしているうちに、さすがにおかしいことに気付きました。試しに、針にイクラを刺して、イクラが見えるように水面近くに落としてみました。すると水面に触れたとたんイクラが針から外れてゆっくり沈んでいくのが見えました。魚が食べてエサを取られたのではなかったのです。しょせんは釣り入門の挿し絵だけで覚えた素人以下の釣りだったのです。現実に気付きヤケになってイクラをばらまきましたが、川にはイクラに近づこうとする魚どころか、魚の気配もありませんでした。現実の残酷さ、夢のはかなさを思い知り、薄暗くなった夕暮れの中、家に帰ったのでした。

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エビ嫌い（１０月号）

秋の味覚といえば秋刀魚（さんま）です。こんがり塩焼きにした脂ののったヤツは香ばしい旨味が口一杯にひろがってごはん何杯でもいけちゃいます。腸（ワタ）の苦味もクセになるほどで、今や秋刀魚は大好物の筆頭になりそうな勢いですが、実は昔は大嫌いで、箸のほんの先端についた腸の味にも肩をすくめる程でした。実際、子供のころは好き嫌いが多かったと思います。野菜や魚、中でも魚の小骨にチクリとくるのが大嫌いでした。当時のスーパーで買ってくる魚はほとんど骨抜きされておらず、刺身や寿司でさえも安心して食べられなかったように思います。そのなかで当時ほんとうに吐きそうな程嫌いな食べ物ベスト３に必ず入る食材といえば、エビでした。エビといっても小エビの煮物や蒸し物が特に嫌いで、その独特の生臭い風味は、小エビの背中の丸くなった姿と、その外周りに見える黒い筋（セワタ。最近見ないようですが）の外見とがあいまって、吐きそうになるのでした。
このような場合、家では残しても親の小言ぐらいで済むのですが、そうはいかないのが学校給食でした。今ではもう給食自体無くなっているのかもしれませんが、当時の小学校のお昼は給食といって、当番で子供達が給食室から調理済みの食べ物と食器を教室へ運び、みんなで食器に食べ物を盛って準備します。食べ物というのは、だいたい牛乳（ビン）、パン（いわゆるコッペパン？マーガリンやジャム付き）、おかず（だいたいメインと野菜の２皿）、デザート（冷凍みかん、ヨーグルト、らくれんゼリーなど）といった組み合わせです。食べ残しは原則禁止。どうしても食べれない子は先生に事情を説明して許可をもらいました。しかし、自我に目覚め始めた小学校の男の子にとってそれはみっともないことで、それぞれ我慢して口に押し込んだり、人目を盗んではパンにはさんで机の下に隠したりと厳しい子供社会を生き抜いていました。さすがに当時の安い給食費では、それほどいろいろな食材は扱えなかったのか、それ程苦手なものは出なかったのですが、なぜかこの大嫌いな小エビを使ったおかずが、２～３ヶ月の間隔で給食にでてくるのです。その料理とは中華風煮物？とエビコロッケでした。中華風煮物はいろいろな野菜と海産物をトロみをつけた中華スープで煮たものでエビの風味が存分に生きていました。また、エビコロッケは御丁寧に蒸し小エビを固めてエビの形にして衣をつけて揚げたもので蒸しエビの風味が凝縮しています。口にひろがる生臭い風味に耐えながら、他の食べ物でごまかしながら少しずつ口に運びますが、昼休みの時間は刻々と過ぎるばかり。どんどん他の子供達は給食を済ませ教室をでていきます。あまり最後まで残っていると周りから不審に思われるので無理矢理口に押し込みます。額には脂汗。突然、吐き気が津波のように襲ってきて目に涙がたまります。しかし、周りに悟られないよう必死に平静を装って口を押さえて我慢するのでした。このような壮絶？な試練を意地と忍耐で乗り越え、更に、中学生になっても、人前にでることが多くなると、やはり嫌いなものでも我慢して食べざるをえなくなり、そうしているうちにだんだんと嫌いな食べ物も食べれるようになるばかりか、逆に秋刀魚など、大好きになっていくものもできたのでした。
最近ではいい大人も平気で好き嫌いをいう人が多くなっているように思います。学校でも嫌いなものは無理して食べない方がよいという風潮のようです。昔は戦時中はイモしか食べるものがなかったとうんざりする説教を聞かされたものでしたが最近はほとんどききません。それどころか、こんな話を説教臭く解説するニュースキャスターやコメンテーターが笑いながら食べられないもの自慢をしているぐらいです。いいにつけ、わるいにつけ、過去は少しづつ薄れ時代は少しずつ新しくかわっているようです。
さて、その後、エビを飼えるようになって、エビコロッケが食べれるようになったかといえば・・・やっぱりまだ苦手かも。

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水生昆虫（９月号）

運動神経の十分発達していない小学校上がり立ての子供にとって、野生の生き物を捕ることはとても困難です。首の取れかかった虫取りアミで、虫を追い掛けまわしましたが、地形を無視して飛び回ったり、高い樹の枝にとまったりするので、せいぜい捕れるものといえば、動きの遅いカナブン、ハグロトンボ、モンシロチョウ、ショウリョウバッタぐらいでした。川でも、優雅にたわむれる魚をアミで捕まえることは不可能で、それいぜんに、当時の虫取りアミを水につけようものなら、たちまちボロボロに溶けてしまうので、もっぱら素手かバケツで捕まえられるオタマジャクシが関の山でした。そんなとき、原っぱの小さな水たまりで泳ぎ回る昆虫をみつけたのです。そいつは、お尻に空気の泡をくっつけて、忙しそうに枯れ草の間を動き回っては、プッカリ浮かんできて後ろ足をV字に開いてお尻だけを水面に出し、また、忙しそうに潜っていきます。捕まえてみると、小指の爪ぐらいの大きさで、へん平な丸い、カブト虫の雌のような形をしていました。それはゲンゴロウという水性昆虫で、実際には、栗色のきれいな翅に縦縞の模様があるシマゲンゴロウというやつです。本当のゲンゴロウは黒く小型のカブト虫ぐらいあって、博物館ではじめて生きているのをみた時にはギョッっとしました。さて、脱出しようと手の中でごそごそと這い回るこの小さな水生昆虫は、小学校低学年の男の子のこころをすっかり掴んでしまいました。水生昆虫には他にも、ミズカマキリ、タイコウチ、マツモムシ、ガムシなど、魅力的な種類がいることを知り、川や池、田んぼ、水たまり、溝など、などいろいろな水中をあさりまくりました。捕まえた昆虫達はプラスチックケースに水と一緒に小石や小枝、枯れ草を沈めて、オタマジャクシと一緒に飼いました。当時、水生昆虫の中で憧れの存在といえば、タガメ、コオイムシ、ゲンゴロウ（オオゲンゴロウ？）でしたが、さすがに田舎とはいえ、町中でそれらを見つけることができませんでした。それでも小さなプラスチックケースの中はだんだんと賑やかになっていきました。
あるとき、季節の終わった団地の子供プールで、珍しいゲンゴロウを捕まえました。いままでにない大きさで翅も本当のゲンゴロウに近い黒色でした。喜んで家にもって返りましたが、浮かれてうっかり水槽のフタを閉め忘れてしまい、あくる日、ほとんどのお気に入りがいなくなっていました。水生昆虫は翅があるので夜などは飛んで逃げていくのです。そのショックと秋も深まったことも手伝って水生昆虫の熱は急激に冷めていきました。
その後、川のない神戸に引っ越して少なからずショックを受けていた頃、慰めとなったのがこの水生昆虫でした。神戸といっても住宅地として山を切りくずしてまだ新しい土地です。まだまだ空き地だらけで、工事中の放置された場所には沢山の水たまりができていました。そんな人の寄り付かない水たまりは、足の踏み場のないぐらいの小さなオタマジャクシの大群と、水生昆虫の宝庫でした。川でも池でもない工事でできたただの水たまりに、こんなに立派な生態系ができていることに子供心に感心したのでした。

ガマガエル（８月号）

ごく一部の方々、お待たせいたしました。
こどもの頃は夢と現実の区別がつかないもの、というか、見たものをなんでも素直に受入れていたのでしょう。
東京の方では毎週怪獣が現われて街を壊して大変だなとか、ＣＭの”仮面ライダー変身ベルト”を買うと本当に仮面ライダーになれるんだと思っていました。
ある夏休みも後半にさしかかった頃、親にせがんで近所のこどもたちと電車にのってセミとりに連れていってもらったことがありました。
近くの公園や神社でとれるセミはアブラゼミやクマゼミしかとれなかったのです。たまのミンミンゼミも高い枝にとまって手が出ない。きっと他所の土地にいけば、いろいろな珍しいセミが低い枝にワンサカとまっていて、ひょっとするカブト虫やクワガタもと取り放題だと思ったのでした。ある意味ポジティブでした。
しかし、現実はそんなに甘くはありませんでした。となりのおばさんの紹介で来たその山も近所のとそれほど変わりませんでした。お昼をすっかり過ぎた山は薄暗く、おまけに山の中の足場の悪さはこども達にはこたえました。当然、カブト虫もクワガタもいません。
さすがの長い夏の日も暮れてきて帰ることになりました。山のふもとのバス停で帰りのバスを待っていたときのこと。
バス停のそばに川があり橋がかかっていました。橋の上からみた川は流れがなく上流の方は浮き草が生い茂っていました。ふと見ると洗面器ぐらいもある大きな亀が手前を泳いでいます。兄は捕まえようとやっきになりました。止めさせようとする親達。その騒ぎに亀は驚いて上流の浮き草の茂みに隠れようとゆっくり泳いでいきます。
兄はダダをこねて、土手におりて、なんとか上流にいかせまいと浮き草に石を投げていました。他の子供たちも心配そうに協力しています。そのとき私は「入れ物もないのに、あんな大きな亀は持って帰れるわけがない」と思い、橋の上からその様子をただ眺めていました。
と、そのとき、
大きな黒い影が浮き草の茂みから音もなくすっと流れて橋の下に消えました。それは見たこともないような大きなオタマジャクシでした。人の大人の背丈をゆうに越えていて、おまけにそのオタマジャクシには後ろ足が生えていました。その時「あれが忍者が忍術で出して背中にのる有名な”ガマガエル”に違いない」とおもったのです。夢中で橋の下に降りました。暗がりで水底がよく見えません。川は橋の下でせきどめられていて、下流の方はふつうの川の浅い流れになっていました。わたしは手当りしだいに暗がりの川に向かって石を投げ橋の下からそいつを追い出そうとしました。しかし、ガマガエルのオタマジャクシは出てきませんでした。後ろ足をつかって直ぐにせきどめを乗り越えたのかも知れません。後をついてきた女の子が心配そうにこちらを眺めていました。そいつを見たのはわたしだけでした。
ガマガエルがヒキガエルの別の呼び名だと知ったのはその後のことで、世の中に人の背丈を超えるカエルはいないことを知りました。
ついでに怪獣もいなければ、仮面ライダーの変身ベルトを買っても変身できないことも知りました。こうして人はネガティブな大人になっていくのでしょう。
高校の頃、この話を思い出して懐かしくなり、仲間を無理矢理つれて確かめにいったことがありました。親の情報をたよりにいってみたそこは、当時の記憶とは似ても似つかない跳び越せるほどの小さな小川でした。
いまだにその話で仲間からバカにされています。

川のある風景（７月号）

こどもの頃、小学校２年まで加古川で育ちました。加古川（かこがわ）は兵庫県最大の河川で、この河口を中心として加古川市がひろがっています。
西日本の温暖でのどかな土地で、川というだけあって、渓流はないものの、近所には一級河川の広い緩やかな加古川や、町中を流れる中ぐらいの川、民家の脇を流れる小川、田んぼの用水路にいたるまで、あらゆるタイプの川が流れていました。
夏は、よく川で遊びました。浅い川に入ってオタマジャクシやザリガニを捕まえたり、橋の上からフナを釣ったり、空き缶を流して石をぶつけたり、亀を探しに未開の川を分け入ったり。川とこどもの距離が適度で、生活の中にうまく溶け込んでいたように思います。
しかし、実際、川なんて、どこの土地にでも沢山あるわけなのに、思えばこの加古川の川は、これまでいったその他のどの土地の川よりも印象深いのでした。
なぜそう感じるのか、ある時、その答えに気がつきました。それは、川と道路（人）のあいだの空間「川岸」のバリエーションにあったのです。
ふつう人が川に接するには道路から斜面を降りていかなければなりません。
これが、一級河川ともなれば、道路から大きな土手を下り草原をかき分け河原をあるいて川にたどり着きます。この広すぎる空間は思いきり体を動かせる場所であるとともに、もの寂しい印象を与えていて、一人では滅多に寄り付きませんでした。
町中の古いお堂の横を流れる川などは、草の生い茂った急な斜面を分け入って淵にたどり着くと、川を覆い隠すように両岸からのびた草木はうっそうして薄暗く、黒々とうごめく水草が無気味な印象を与えました。
そうかと思えば、民家のすぐ脇を流れる川や田んぼの用水路は土手や斜面がなくて接しやすく、橋に寝そべって、小さなフナがときどきキラリと踊ったり、ヨシノボリがコンクリートの壁を流れにさからってしがみついるのをまじか見ることができ、和やかな印象を与えてくれました。こうして、こどもの頃の限られた生活範囲の中で加古川の川は様々な印象を残してくれたのでした。
その後、神戸の住宅地に引っ越した時、すぐに川を探しました。自転車で坂をずっと下ったそこにあった川は、コンクリートで川岸を固められ泡と油の浮いた山田川でした。こどもの頃ショックを受けたその川も、今では随分きれいになっています。

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潮干狩り（６月号）

春から初夏にかけての風物詩といえば、潮干狩りです。
子供の頃、この潮干狩りが大好きでした。どちらかといえばアサリよりも岩の下にいるカニや浅瀬にいる稚魚を捕まえるのに夢中でした。
たいてい潮干狩りといえば、ローカル線を乗り継いで「まとがた」という駅で降ります。海岸までは少し歩きます。だんだん匂ってくる潮の香り、海に近い川べりのカニの巣穴？にワクワクしたものでした。
砂浜に着くとビニールヒモ付きの小さな袋を渡されて、これに詰めるられるだけのアサリを捕ることができました。アサリは干潟から小判のようにザクザクでてきて直ぐにいっぱいになりました。実際、係員の人が毎晩干潟にアサリをまいているので当然といえば当然です。そうすると大人達は今度は美味しそうで大きなアサリを選んで詰め替えたり、なるべく沢山つめる方法を考えたり、捕まえにくいマテ貝にチャレンジしたりします。
こちらは、アサリ捕りもそこそこに、近くにある岩場をひっくり返しては珍しい生き物を探すのでした。たいてい捕まえるのは小さなカニやヤドカリです。大きいやつは大きな岩の下や深い所に隠れて手が出せません。小さい魚や透明なエビは岩をどけたとたん、すばしっこく別の岩に隠れてしまいます。ハゼの子供は浅い砂地に沢山集まっているので、うまく追い込めば捕まえられますが、たいていは指の隙間から逃げてしまうのでした。
それでも自分なりに満足してカニやらヤドカリやら奇妙な生き物やらをもってかえるのですが、ほんの１週間もしない内に全て死んでしまいます。これは私にとってショックでした。特にカニなどは死ぬと物凄い異臭がするのでした。
ある子供会の潮干狩りの時、小さな石をどけたところ、ドジョウのような、ウナギの稚魚ような細長い魚を捕まえました。ふつうなら魚はとても捕まえられませんが、そいつは死んだようにグダッとしているのです。ガイドさんが名前を教えてくれました。（が、忘れてしまいました。）
兄達はうらやましいことに、大きなカニやイソギンチャク、いろいろなメジャーな種類の稚魚、カレイの稚魚まで捕まえていました。
私は自分の獲物を最新の注意をはらって持って帰りました。特に海水は貴重です。しかし、当時のビニール袋の性能の悪さのためか、２重にしても直ぐに穴があいてしまいます。工夫したもののやはり、帰った頃には海水はずいぶん無くなっていました。
海水が漏れてほとんど持ち帰られなかった兄は、食塩で作った海水で一晩で魚達を全滅させてしまいました。
私は、小さな容器にいっしょにもってきた砂と石と残りわずかな海水の中に入れて、捕まえた奇妙な魚を放してやりました。そいつは、石の下に潜って落ち着いたようでした。
そいつは意外にも長いこと生きていました。１週間程たったとき、たまたま海に行きました。その岩場にミミズのような細長い生き物を見つけました。私は魚の良い仲間になると思い、もち帰って一緒に入れてやりました。次の日見ると、魚は自分より長いそのミミズを丸のみにしようとやっきになっていました。そのとき初めてそのミミズがゴカイという魚釣りのエサなのを知りました。
結局、その魚は２週間以上生きました。それが私のはじめてのマリンアクアリウムです。その魚の名前は今もわかりません。

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