美ゅら海リターンズ（残波の海 第２段）

ボスを沖縄の海へ返してベトナムに旅立った２００６年の夏から約半年後の２００７年のゴールデンウィーク。
慣れない海外生活にもどうにか慣れて自分の生活のリズムを取り戻すと、それまで頭の隅に追いやっていたあの沖縄の海の景色がよみがえってきました。たった１泊しかいれなかった沖縄の海の美しさだったのか、全てを捨てて日本を離れなければならなかった強い無念の思いだったのか、とにかくあの残波岬の海は強烈なインパクトを植え付けていったのでした。そして、余裕ができた頭に一つの考えが浮かびました。あのきれいな海の中をカメラにおさめたい。そう思うとボスを放したあの場所へ、どうしてももう一度いってみたくなったのでした。 シーズンのど真ん中、かかったお金もなんのその。インターネットをつかって強行手配したのでした。

成田から秋葉原でデジカメ用の水中ハウジングを買い込むと、そのまま羽田空港に飛び乗って一路沖縄へ。半年ぶりの沖縄というより半年ぶりの日本。海外の窮屈な生活から、勝手の知った安心できる日本は、なんともいえない開放感を与えてくれました。予約したレンタカーの運転もブランクを感じることもなく、ちょっと寄り道して前にいったアウトレットパークへ立寄りました。夕方の車のラジオからは、いつもとかわらない「サントリーウェイティングバー」が心地よく、感無量 でした。すっかり日も暮れて残波岬ロイヤルへたどりつきました。夕食はひさしぶりのごちそう（コンビニ弁当）です。

翌朝、ホテルの最上階で朝食をすませると、さっそく水中ハウジングにデジカメをおさめて海岸へ出かけました。
海岸はあのときのように広い潮だまりが待っていてくれました。

潮だまりには、前回と違った様々な生き物で溢れていて、あらためて沖縄の海の豊かさにびっくりです。
ちょこまかと動き回る魚達に悪戦苦闘しながらも、より魚に接近できる水中写真の威力に満足。新婚カップルの視線や退屈しのぎに散歩しているオジサンの問いかけにもめげず、ひたすら撮りまくりました。

ひとしきり満足すると、心の準備もできて、次はいよいよボス達と別れたあの場所にいってみることにしました。前と変わっていないと思われた海岸でしたが、沖の方は大きく変わっているようで、ボスたちを放した丸い岩場も、目印にしていた黄色のブイもなくなっていました。
もともとボス達に会える期待はしていなかったものの、それらしい痕跡が跡形もなくなっていて、なんだか肩透かしを喰らったようでした。それでもいくら記憶を頼りに捜しまわっても、ただ平坦な浅瀬ばかり。そうしているうちに腕のイタミが徐々に襲ってきました。春の日射しは２時間程の磯遊びで腕に相当な紫外線を与えていたのでした。一旦退却し体調を整え、昼ごはんを食べてから海岸へ出てみると潮が満ちていて、それまでの潮だまりは深い海に没してしまっていたのでした。
落胆してしばらくビーチハウスで日射しを避けて休みました。ビーチには水着の人は少なく閑散としていました。紫外線は強くても風はやや冷たくまだ海水浴のシーズンには早いようです。ときどきグラスボートの案内放送があって、ビーチハウスの受付に家族連れがやってくるぐらいです。このまま帰るのも寂しいので不似合いとは思いながらも一人グラスボートに乗ってみました。グラスボートは小さな漁船みたいな船で、まん中の細長い深い溝がガラス張りになっています。 客は２組だけで、カメラをもって気合いのはいっているのは自分だけでした。最後に地元民らしい年輩の人がヒョイと乗り込んできました。レジャーボートには不釣り合いな老齢の船長は木の葉のように揺れるボートを操り、お決まりのコースをまわります。年輩の人と船長は知り合いらしく、海の底の様子を見ながら、今年はあの魚が多いとか、もうこの魚がきているとか、船長と熱心に話し合っています。どうやら船長は漁師で、老人は漁業組合の関係者のようでした。二人のかけあいは、海底の中を頭を寄せ合い、だまって眺めるしかない自分にとって、いいＢＧＭになりました。

海の底は岩と石だらけの殺風景な景色です。所々に色をもったサンゴや海藻がポツ、ポツと現れる程度で派手さはなく、陸から見る海の美しさとは対照的です。これはもちろん想定内で、昔、ここよりも自然が豊かな石垣島のグラスボートでもそうでしたが見渡す限り延々と続くサンゴの群生というのはそうそうないのでしょう。５分程沖に出ると水深が深くなるに連れて魚の数も増えてきました。地味な海底に大きな魚がやたらとウヨウヨしていて、まるで生け簀のようです。「今年はこんな海岸の近くまでカマスの群れがきている」珍しそうに漁業組合の人がいいました。カマスといえば小魚をとって食べるどう猛なハンターです。ふとボス達のことが頭をヨギリました。
潮の流れのなかで船を固定してゆっくり観察するのは不可能で、常に海底の景色は変化します。気になる魚やサンゴがヨギっても、頭の中の記憶と照らすヒマがなく、シャッターを押すのは反射神経の訓練のようです。気味の悪いものもたくさんヨギっていきました。海底でトグロをまいているやたらと細長ーいヤツとか。やはり幾ら海が浅くてきれいでも気安く沖へいくのは心臓に悪そうです。

船長が、はい、お待ちかねニモです。といって船の速度がグンと弱くなりました。「ファインディングニモ」の影響はここでも絶大です。見ると小さなイソギンチャクのコロニーがあって見慣れたオレンジの魚が数匹あつまっています。それはボスやボンと同じハマクマノミでした。見せ物にするにはあまりにも小規模で、まるで広大な砂漠の中の小さなオアシスに身を寄せ合っている村人のようですが、それは何より今回一番見たかった光景でした。魚を逃がした当初、噂を聞き付けた同僚の中には「エサもなく、すでに野たれ死んでるだろう」「翌日には他の魚に喰われただろう」と心ない冗談を飛ばす人もいて、中にはまじめな顔で質問してくる人までいて、力なく反論するしかありませんでしたが、今こうして生き延びている可能性が見つかったのでした。２匹を放したあの浅瀬の岩場からこのコロニーまでは、時間にして１５分ぐらいの距離でそんなに遠くはありません。他にもこんな場所がいくつか点在しいるとしたら、野生の本能を発揮して、すぐに安全なイソギンチャクを見つけて住み着いていることも十分にありえます。近い未来にはこのコロニーにも彼等の子孫がやってくるかも・・・。潮の流れに逆らって船を停めるのはほんの数十秒程度の時間しかありません。揺れる船上で目をこらしました。その中にひときわ体の大きく黒い個体と、その側に小さくて鮮やかなオレンジ色の個体が、２匹寄り添っているのが見えました。その２匹がちょうどこちらを見上げていて、ふと目が合った気がしましたして思わずシャッターを押しました。あれはひょっとしたら、海岸から安全な場所を探してこの場所まで流れ着いたボスとボン本人かもしれない。他の仲間と違ってガラス越しの人の姿を恐れないので、そのまま、この船のコース上に居着いてしまったのかも。そんなことを思いながら、船着き場に向かう船の中で妙に安心し、なんとなく納得したのでした・・・・。

翌日は朝からあいにくの天気です。残波岬の魚達と触れあう最後の朝でしたが、空は肌寒く降りしきる雨にさすがに断念しホテルをチェックアウトしました。
すぐに気分を切り替え、今回もう１つ気になっていた場所に行くことにしました。それは近年の沖縄で一大観光スポットになっている「美ゅら海水族館」です。
世界最大の魚、２匹のジンベイサメがゆうゆうと泳ぐ巨大水槽は日本最大で、沖縄の代名詞ともなっているジンベイザメを見ないと沖縄を語れないという感じなので、おのぼりさんを自負する自分としては行かない訳にはいきません。「美ゅら海」はずっと北西部の半島の先端にありますが、残波岬からならそれほど遠くない距離なので、夕方のフライトの前に首里上なども回れるかもと考え朝早くから出発しました。
日焼けした腕は昨日の晩から痛み始めやや寝不足気味で、運転中、熱をもった腕に日焼け止めを何度も塗りたくらなければなりませんでした。
シーズン中の「美ゅら海」は近づくにつれて車がどんどん増えてきて、遂に「美ゅら海」の手前で長い渋滞になってしまいました。イライラもピークが過ぎて、ようやく駐車場に車を置いたのは１３時をまわったところでした。

大幅に予定が遅れ食べるものも取りあえず急いで館内をまわりました。「美ゅら海」はいろいろ施設が併設された広大な敷地で駐車場からの移動も大変ですが迷うことはありません。雨のおかげもあって他に気を取られることもなく水族館だけを目指しました。「美ゅら海」は階段状になっていて、丘の上から入場して下へ下へと降りていくかんじです。人の波は途切れることなく水族館に飲み込まれていきます。

「美ゅら海」はジンベイザメに目がいきがちですが、こちら熱帯の魚やサンゴの種類、量 ともピカイチです。立派な珊瑚礁のレイアウトに群れる大量のカラフルな魚達。そのダイナミックさにはため息がでますが、規模が大きすぎて１匹に集中できないのが困ったところです。水槽の前のヒトダカリも困ったものでしたが。

お待ちかねのジンベイザメ水槽です。吹き抜けになっていて巨大な水槽を上からゆっくり降りながら見てまわることができます。あまりに大きいこの水槽にジンベイザメとマンタだけがマッチしているようです。人の前を悠々と通 り過ぎるそのデカさは圧巻で、水槽のと隣り合わせのレストランは大人気でした。

時間に合わせて開演されるいろいろな解説やショー、シアターは残念ながらスルーするしかありませんでした。水族館の目の前には残波よりも、ずっときれいなエメラルドビーチが広がっているハズですが雨でくすんでいて散策するヒマもなく、高速をつかって急いで那覇市内へ引き返しました。既に首里城を回る時間はなくなっていて、夕方、空港近くの郷土料理屋でようやく遅い昼食を食べ、名残惜しい日本をあっという間に後にしたのでした。

おわり